第91話『八木山橋の向こう側』
仙台市街地から車で十五分ほど。
青葉山の深い森の間を抜ける坂道を登ると、八木山橋が姿を現した。
深い谷をまたぐ巨大なコンクリートのアーチ橋。
その長い橋梁は、夜の闇に浮かび上がるシルエットで、どこか威圧的な雰囲気を漂わせていた。
時刻は午後十時を回った所。
車は既に橋の近くの駐車場に停められ、雨城修、黒咲結、君鳥愛菜、そして顧問の浜野京介の四人が車から降り立っていた。
「……ここが、八木山橋か」
修が低く呟く。
背後では、妖怪の黒猫・ノクスが愛菜の肩にちょこんと座っている。
「確かに、橋の割には歩道の柵が異様に高いですね」
愛菜が歩道脇の金属製の高い柵を見上げて言った。
「……まるで要塞みたい」
「まあ、この橋は飛び降り自殺が多発してる事で有名な心霊スポットだ」
浜野先生が周囲を見回しながら説明する。
「遺体が見つからない事も多くて、欄干にスマホだけ残ってたとか、夜中に足音が聞こえたりとか……」
修がぽつりと続ける。
「……うわあ、怖い話ばっかり」
結が少し震えた声で呟く。
ノクスがいきなり低く鳴いた。
「にゃあ……(警戒態勢に入るにゃ)」
愛菜だけがその鳴き声の意味を理解し、真剣な顔でノクスを見る。
「ノクス、何か感じてる?」
「にゃあ……(何か近くにいるにゃ)」
ノクスは尾を振りながら、橋の中ほどをじっと見つめている。
「さて、何が出るかな」
修は苦笑しつつも身構えた。
「私も何か気配を感じる……気がする!」
結が小声で言う。
「じゃあ、みんな気を付けて行こう」
浜野先生が皆に声をかける。
四人は柵の鍵のかかった扉を開け、慎重に橋の上へと足を踏み出した。
深夜の橋は、風が冷たく肌を刺し、雨の匂いが混じった夜の空気が静かに流れていた。
「みんな、足元気をつけて」
愛菜が声を潜める。
橋の欄干からは、色あせた造花の花束が風に揺れていた。
リボンもほどけかけている。誰かの祈り、警告のように見えた。
「……何か、ここに来る人達の無念が集まってるんだろうな」
修がそう言って欄干を撫でる。
「……私の名前、聞こえた気がした」
結が突然小声でつぶやいた。
「え? 誰が?」
修が顔を向ける。
「さっき、……『ユイ』って」
結は肩を震わせながら視線を泳がせた。
「……俺も聞こえたかもしれない」
浜野先生が眉をひそめる。
その時、ノクスが急に背中の毛を逆立てて鳴いた。
「にゃああっ!(来るにゃ!)」
愛菜が緊張で震える。
「みんな、後ろ!」
修が声を上げた。
振り返ると、橋の中ほどに白い影が浮かんでいた。
長い髪を風に揺らし、顔を隠している。
「……人影? いや、足がない……?」
修の声に皆が凍りつく。
白い影はゆっくりとこちらに近づいてくる。
「ユイ……ユイ……」
その声は囁くように聞こえ、結の名前を繰り返した。
「結先輩、離れて!」
愛菜が結を引き寄せる。
ノクスは愛菜の肩から飛び降り、草むらへ逃げ込んだ。
「ノクス!どこ行くの!?」
愛菜が慌てて叫ぶ。
「にゃあ!(トイレ!)」
「それ今!!?」
白い影は目が黒くくぼみ、そこから血のようなものが滴っていた。
「消えろ!」
修が除霊の札をかざすと、空気が震え、影は霧散した。
静寂が戻った橋の上で、皆は深く息をついた。
「……招き手か。未練が強くて、人を呼び込もうとするタイプの霊だな」
修が説明する。
「……私の名前を使われてしまったのが辛い……」
結は声を震わせながら言った。
「でも、みんながいるから大丈夫。結先輩は一人じゃない」
愛菜がしっかりと頷く。
ノクスは草むらから顔を出し、「にゃあ……(やれやれにゃ)」と愛菜にだけ伝えた。
「お前、最初に逃げたよな?」
修がツッコミを入れ、場の緊張が少し和らいだ。
「にゃーご(真祖でも、トイレには行くんだぜ?)」
夜の八木山橋は、再び静けさに包まれた。
次回予告
第92話「鶯谷トンネルの霊界門」
誰も通らない夜の鶯谷トンネル。
通る者は好奇心か、あるいは運命に導かれて。
その先に待つのは、現世と霊界を繋ぐ狭間の世界。
出口はあるのか、帰れるのか——。
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