第90話『仮面の残響』
封印の光が影を飲み込み、仮面は砕け、空気は澄み渡った――はずだった。
「やった……終わったんだね」
愛菜がほっとした笑みを浮かべる。
ノクスも小さく「にゃあ……」と、安堵の声を漏らす。
しかし、その瞬間――
地面に残っていた“仮面の欠片”が、ひび割れた床にズズッ……と吸い込まれるように沈み込んだ。
「今……何か動かなかった?欠片……?」
結が不安げにあたりを見渡す。
グォン……グォン……グォォオオン……
地下の奥から、不気味な“脈動”が響いてきた。
「封印、破られてる……!?」
浜野先生が目を見開いた。
「封印が不完全だった……奴の欠片が、封印の“鍵”になったのか!?」
修の言葉に、地面が突然盛り上がり、裂けた!
黒い瘴気が溢れ出し、砕けた仮面が空中で再構築される。
影はより濃く、より明確な形を持ち、明らかに先ほどよりも力を増していた。
「第二段階……って事かよ」
修が歯を食いしばる。
影の姿は今や人型を超越した、異形の神像のようだった。
「またオマエたちか……愚かなる者どもめ」
闇が地響きのように喋った。
次の瞬間、影が手を伸ばし、愛菜を狙う!
「逃げろ、愛菜!」
「きゃっ――!」
ノクスが目の色を変えた。
宙に浮かび、全身から光が溢れる。
その瞳が、深紅に染まった。
「にゃああああああああっ!!!(愛菜に手ェ出すんじゃねえにゃぁああああっ!!)」
ノクスの身体から黒い炎と光が逆巻き、周囲の空間そのものが震え始める。
――それは、眠れる本能の覚醒。
「……ノクスが、変わっていく……!」
愛菜の腕の中で、小さかったノクスが光の中で再構成されていく。
四肢が長くなり、しなやかな人のシルエットに。
漆黒の毛並みが燃えるように揺らめき滑らかな長髪に、額には赤い紋章が浮かび上がった。
瞳はより深い赤に、頭には猫耳。
黒衣に包まれ、背中には常夜の闇に染まった暗黒の翼が生える。
表情は怒りに満ち満ちている。
「修行の時の……ノクスの……真の姿……!」
修が呆然と呟いた。
真祖ノクスは、静かに足音を立て、影に向き直る。
目が合った瞬間、影が身を震わせた。
「こ、これは……“原初”の気配……!? まさか貴様……!」
「黙れ、にゃあ」
ノクスは跳躍した。空気が割れ、世界が揺れる。
漆黒の爪が、影の仮面を一閃する。
ドガァンッ――!
影の仮面が真っ二つに砕け、断末魔のような咆哮を上げながら、瘴気が霧散していく。
「うわぁああああああああっっ……!」
その場に響いたのは、静寂。
そして、ふわりと――ノクスが元の姿に戻り、愛菜の足元に降り立った。
「にゃ……(疲れたにゃ)」
とぼけた声でそう言うと、コテンと倒れ込んだ。
「ノクス……ありがとう」
愛菜が震える声で抱きしめた。
「終わった……今度こそ、本当に」
修が呟いた。
壁に掛けられた、朽ちた時計の針が――ぴたりと止まった。
“ホテル活魚”に流れていた、長い時の呪いが、ようやく終わりを告げたのだった。
◆
一行は朝日と共に、ホテルを後にした。
空は晴れ渡り、海から吹く風が、まるで祝福のように頬を撫でていた。
「ホテルは取り壊しになるそうだ。あれだけの事があれば、もう誰も近づかないだろう」
浜野先生が言う。
「ノクス、あの時凄かったよね!」
愛菜がノクスを見つめると、ノクスはぷいとそっぽを向いた。
「にゃ……(オレ様が強すぎたにゃ)」
「ふふ、はいはい。凄かったよ、ノクス」
愛菜はノクスを優しく撫で、満更でもない表情で目を瞑るノクス。
一行は車に乗り込み、静かにホテルを後にした。
だが、誰もがどこかで感じていた。
これで終わりではない。
ノクスの中に眠る“力”が、いつか再び目覚める時――
更なる戦いが待っているのだと。
「にゃぁ……(知らんけど)」
次回予告
第91話『八木山橋の向こう側』
高い柵、谷底、息を潜める“何か”。
それは一体何なのか……
声なき叫びが、風に混じって届いてくる──。
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