第83話『旧甲州街道、あの声をなぞって』
翌日。
俺達は再び、八王子の山間にいた。
今度の目的地は旧甲州街道――中でも、かつて人が頻繁に行き交ったが、今では誰も通らない「ある一角」だった。
「ほんとに行くの? 昨日だって……けっこう怖かったよ?」
助手席の愛菜が、俺の後ろからぶーたれ気味に言う。
ちなみに運転は先生だけど、先輩も免許は持っている。
ペーパーだけど。
「先生、どうしてこう次から次へと“旧道”ばっかり調べてくるんですか?」
「いや~最近の地図に載ってない道って、だいたい“訳あり”だからな」
「訳ありの中でも特にエグいのばっかですよ、先生のチョイス……」
旧甲州街道の某区間。
ここは、江戸時代の頃から旅人の往来が多く、ある峠を越えた辺りに“声がついてくる”という噂があった。
夜中に歩くと、後ろから「おかえり」と囁かれたり、名前を呼ばれたりするという。
「でも変じゃない? “おかえり”って、なんか優しい言葉だよね?」
「そう。だからこそ怖い」
俺は答えながら、持ってきたICレコーダーの電源を入れた。
「この辺だな。旧道が崩れかけてて、誰も通らないらしいけど……」
舗装もされていない道を進むと、どこからともなく風が吹いてきた。
まだ昼だというのに、やけに冷たい。
「風じゃない。これ、“通る”やつだ」
「“通る”って……?」
結先輩が首を傾げた。
「見てて」
俺がそう言った数秒後、録音機がノイズを拾い始めた。
ジジッ……ザアア……ジ……。
そして。
『おかえり』
全員が静止した。
「……いま、言った?」
「いや、録音機だ。再生してないのに“鳴ってる”。これは、録音と再生の間の“声”だ」
「え、ええええ!? なにそれ、オカルト通り越してるって!」
そして――。
背後で、誰かが歩く音がした。
ザッ、ザッ、ザッ……。
俺はゆっくり振り返る。
そこには、ひとりの老人が立っていた。
着物姿で、肩には小さな荷物を背負い、深く帽子をかぶっている。
だが、よく見ると――顔が“紙”で出来ていた。
折り紙のように、何層にも折られた“顔”が、風にカサカサと鳴っていた。
「見える? 愛菜」
「……ボク、うっすらだけど……うん、なんか、紙がめくれてるみたいな人が……」
「これ、きっと“旅人の霊”だ」
俺は彼に向かって言葉を投げた。
「おかえり、って言ったのはあんたか?」
紙の男はゆっくり頷いた。
そして、折られた顔の一部がほどけ、口ができた。
その口は――
「ありがとう」
風が抜けた。
男は静かに、そのまま道の奥へと消えていった。
「え、今のって……」
「多分、誰かをずっと“見送る側”だった霊だよ。迎える事が出来ずに、言葉だけが残ってたんだろうな」
「“おかえり”は、願いだったんだね……」
しばし、全員が無言になった。
……が、すぐにその静けさは破られる。
「――さてと、それじゃ君達!」
突然、先生が手を叩いた。
「今日もバッチリ“遭遇”した訳だから、恒例のレポート、今回は8000字だ!」
「増えてる!? なんでどんどん増えるんですか先生!!」
「しゅーくん、キーボードの音速打ちの見せ所だよ!」
「いや、愛菜が絵と図解でごまかす方が早いって!」
「うるさい、全員一緒に地獄へGO!」
俺達の“心霊探訪”は、こうしてまた一歩進んだ。
だが――誰も気づかなかった。
先ほどの紙の男が立っていたあの場所。
道の脇に、小さな石がひとつ、ぽつんと置かれていた事に。
それは、“誰かの帰りを待っていた”目印だったのかも知れない。
次回予告
第84話『檜原村・夜鳴き橋の誓い』
深夜、橋の上に立つ女は、誰を待つのか。
そしてその声は、何を告げるのか。
“名前を呼ばれても、決して返事をしてはいけない”――。
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