第81話『血の城、声なき落城・後編』
記憶の霧が更に濃くなり、八王子城跡は戦火の真只中へと変貌していった。
燃え盛る炎が石垣を照らし、遠くからは断末魔の叫び声と兵達の怒号がこだまする。
「……城主の側女、か」
修が低く呟く。
「彼女は“あの戦い”の生き証人。そして――最大の呪いの源泉だ」
「見たのよ、全てを」と女は繰り返した。
「城が、燃え、子が死に……」
だが、その「子」とは誰なのか?
その答えが、修達の目の前に朧げに浮かび上がる。
黒ずくめの女の後ろに、小さな男の子の霊が立っていた。
彼は無垢な瞳でこちらを見つめ、声は震えていた。
「おかあさ……ん……」
「そうか、彼女はこの子の母親だったんだな」
結が言葉を継ぐ。
「だから、呪いは“失った家族”への悲しみと怒りで出来ている」
「それを断ち切らねば、この地獄は終わらない」
「けど、どうやって……?」
愛菜が問いかける。
その時、浜野が御札を掲げて叫んだ。
「記憶の核心を探れ!核心が見つかれば、霧は晴れる!」
修が指をさした。
「核心は、“あの約束”だ。母と子の未来を信じた、最後の約束」
「それを呼び戻そう!」
◆
霧が渦巻く中、修は静かに言葉を紡いだ。
「お前の名は?」
「……おしず……」
女の霊が初めて名を告げた。
「……子を守れなかった、私は……」
「……あんたは、“約束”を忘れたのか?」
修の問いに、霊は揺れる。
「覚えている……けど、消せない、あの日の痛みが……」
「だったら、一緒に思い出そう」
修が穏やかに微笑む。
「子と交わした約束を」
――すると、霧の中に、白い手が現れた。
男の子の霊が差し出す小さな手。それをおしずはそっと手を取った。
「ごめんね……」
「ううん、約束はまだ終わってないよ。おかあさん」
それは遠い記憶。
『お母さん、いなくならないで……ずっと一緒にいて』
『お母さんはどこにも行かないよ……ずっと一緒、約束……』
『うん、約束』
結ばれた小指は固く結ばれていた、そんな過去の情景が浮かんだ……。
その想いが、重い霧を溶かし始めた。
「約束が満たされるまでは、ここに縛られるけど、いつか二人で、また笑える」
涙が彼女の頬を伝い、呪いの黒ずみは消え去っていく。
そして――
八王子城跡の霧が晴れ、静寂が戻った。
「終わったんだな……」
浜野がほっと息をついた。
「みんな、無事か?」
「なんとか無事ー!」
愛菜が笑顔を見せる。
「結先輩も?」
「ええ。これで少しはあの地の霊も安らげるでしょう」
「それにしても、あの側女の霊……哀しすぎる」
結が呟いた。
「歴史の闇は深いね」
◆
その夜。
四人は小さな居酒屋で疲れを癒していた。
「まったく、あんな所に呼ばれるとはな」
浜野がビールを片手に呟く。
「雨城、お前の霊感は確かに頼りになる。これからも頼むぞ」
「ありがとうございます、先生。でもまだまだ修行中です……あと酔ってます?」
修が照れ笑いを浮かべた。
「体質的に酔わないんだよ、サイボーグ化のせいだって事が近頃分かったくらいだ、飲んでも、すぐに分解されるシステムらしい」
なので、すぐに車運転しても問題ないらしい。
「さて、次はどこの霊に会いに行くんだ?」
「まあ、ぼちぼち行きましょうよ。幽霊も夏休み中らしいしね」
「ふふ、確かに」
結が笑う。
「でも油断は禁物だよ、霊もいつ暴れだすか分からないから」
愛菜が小声で言った。
「にゃお……(お前達、物好きだにゃあ……?)」
ノクスが顔を覗かせていた。
次回予告
第82話『大垂水峠、霧に咲く声』
古道の峠に響く囁き。
そこには忘れられた霊たちの秘密が眠る。
だが、その霧は、ただの霧ではない――。
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