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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜【累計10000PV達成!】  作者: 兎深みどり
第四章:心スポ探訪編

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第79話『血の城、声なき落城・前編』

 その日、八王子の空は朝から不自然なほど霞んでいた。


 濃い霧はまるで山の息づかいそのもののように、静かに、しかし確実に市街地へと降りてくる。

 光すら鈍らせるそれは、ただの自然現象にしては異様すぎた。


「やだ、天気予報じゃ晴れだったのに……なんか重くない?」


 助手席で頬杖をついていた愛菜が、フロントガラス越しに空を睨みながら呟く。

 後部座席のノクスがぴくりと耳を動かし、小さく「にゃ(ヘビーにゃ)」と鳴いた。


 運転席の浜野京介がサングラスを外して、だるそうに目を細めた。


「うーん……これは完全に“出てる”ねえ。気圧じゃなくて、気配の方」


「UFOの話じゃなくて、霊気の話してくれます?」


 後ろで修が呆れ声を返すと、浜野は笑いながらハンドルを切った。


「似たようなもんだろ。どっちも電磁波には敏感だし」


「次元が違う話を同列にしないでください」


 黒咲 結が、スマホを握ったままそっと口を開いた。


「……でも、私、何も感じないんだけど……逆に、それが不安で」


「見えない方が安全っすよ。見えてる俺が保証します」


 そう言って修がノクスの耳をむにゅっとつまんだ。


「にゃお!!(やめろー!集中出来ないにゃ!)」


 一瞬、笑いが車内に満ちた。

 だがその空気は、駐車場が近づくにつれて自然と凍りついていく。


 カーステレオから、突如ノイズ混じりの音声が漏れ始めた。


『……――ここに……声……助け……――』


「……今、何て?」


 結が顔を上げるが、浜野は無言でラジオの電源を切った。


「電波、乗っ取られてるな。霊波って奴だ」


「こっから先、スマホもGPSも使えないかもね」


 愛菜がリュックを締め直しながら言うと、霧が山の上からじわじわと流れ込んでくるのが見えた。



 登山道を進み始めると、周囲の音が消えていく。


 鳥の声も、風の囁きも、葉のざわめきさえない。


 まるで世界そのものが息をひそめて、彼らの到着を待っているかのようだった。


「……静かすぎて、逆に怖いかも」


 結がつぶやいた直後――


 カサッ


 枯葉を踏むような音が、真横から聞こえた。


 けれど誰も動いていない。


「今の、私じゃないよ?」


 結が恐る恐る言うと、愛菜が立ち止まり、霧の中を睨んだ。


「……誰か、ついてきてますね」


 ノクスの背中の毛が逆立ち、小さく唸る。


「にゃ……(見えないのが逆にヤバいにゃ……)」


「警戒強めて。愛菜、気配の濃度は?」


「まだ“断片”。でも奥に本体がいる」


 修の指示で隊列を再編し、彼らは御主殿跡を目指して進んでいく。



 御主殿の滝付近。


 水が岩肌をすべり落ちる音すら、霧に吸い込まれてぼんやりとしていた。


 「誰かが……泣いてる?」


 愛菜が足を止め、耳を澄ます。


 しかし、音は聞こえない。


 けれど――“泣いている”という感覚だけが、空気に染み込むように伝わってくる。


「共鳴型の残留思念……それも、集団じゃない。個人……いや……重なってる……?」


 愛菜が眉をひそめる。

 修も隣に立ち、同じ方向に目を向けた。


「何層かの記憶が上書きされてる……それも“生きてる”感じだ」


「にゃお……(何かが、今もこの場所に、縛られてるにゃ)」


 ノクスがうずくまり、地面に爪を立てる。


「こりゃ……下手に進むと、霧ごと引きずり込まれるな」


 浜野があくび混じりに呟く。

 が、言葉とは裏腹に、足元の姿勢はすでに戦闘モードだった。


「先生、真面目に危ない時は危ないって言ってください」


 結が小声で言うと、浜野は珍しく真顔になった。


「黒咲。俺でも“何も感じない”ってのは、むしろ異常なんだ」


「……」


 結は言葉を失い、唇を結んだ。


 その時、ふいに愛菜が口を開いた。


「“お城の中に入っちゃダメ”って、声がした」


「誰の?」


「分からない。でも、はっきり伝えてきた。“戻れ”って」


「逆に気になるな……って思うのは俺だけか?」


 修が小さく笑いながら、石段の先に目を向けた。そこには、あるはずのない建物――


「……ある」


 愛菜がぽつりと呟いた。


「なにが?」


「“あるはずのない建物”が、霧の中にある」


 その瞬間、霧の中からわずかに浮かび上がる黒い影が見えた。

 まるで数百年前のまま残された御主殿。

 瓦も、柱も、灯籠も。

 全てが、時を止めたように静かにそこに“在った”。


「幻影……にしちゃ、質がリアルすぎるな」


「ここだけ、歴史が止まってる……」


 修と愛菜が同時に言った。


「にゃお……(霧の中に、何かが“立ってる”にゃ)」


 ノクスがそう言った瞬間、霧が風に流れるように動き、その奥にひとつの人影が現れた。


 白い甲冑を身にまとい、血塗れのまま立ち尽くす――かつての武将。


「……あれは」


 修が呟くと同時に、男の霊がゆっくりと顔を上げた。

 目は虚ろで、だが何かを訴えるように口を開きかけ――


 ズンッ


 地鳴りのような重低音が山全体に響いた。


「来るぞ!遮断出来ないタイプの“現象”だ!」


 修が叫んだ瞬間、霧が一気に膨張し、全方位から包み込むように迫ってきた。


「退避!一度下に!」


 浜野の声が飛ぶ中、四人と一匹は霧の中に呑まれ、視界が白に塗りつぶされた――。

 次回予告


 第80話『血の城、声なき落城・中編』


 現実の地形がねじ曲がる。

御主殿跡で起きる“もうひとつの落城”。

霧の城に囚われた者達は、過去の亡霊と邂逅する――。


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