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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜【累計10000PV達成!】  作者: 兎深みどり
第四章:心スポ探訪編

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第78話『願いの果てに』

 霧が晴れたトンネルは、音を取り戻した。


 風の音。

 遠くの踏切。

 木々が揺れるさざめき。

 外の世界の気配が、ひとつずつ戻ってくる。


 だがその中で、ひとつだけ“こちら側”に取り残された存在があった。


 トンネルの中央に、修だけが視える男の霊が立っていた。


「……近くにいる」


 修が小さく呟いた。

 愛菜と結には、その姿は見えない。


 けれど愛菜は、何かがそこに在る事を察していた。


「……たけしさんだね?」


 修は頷いた。


 男の霊は近くでぼんやりとした輪郭を持ち、スーツ姿のまま、ただ佇んでいた。


 だが、その目には感情があった。

 言葉にならない想いが、そこにあった。


 修は一歩、前に出た。


「……奥さんが、あなたを探してた。『帰ってこないの?』って、何度も言ってたよ」


 男の霊が、わずかに目を伏せた。


『……あの晩、怒鳴って家を出た』


 言葉ではない。

 だが、修の意識に直接届くような“声”が聞こえた。


 まるで胸の奥に重くのしかかるような、悔いと痛みのこもった響きだった。


『仕事がきつくて、心がささくれ立って……彼女が悪い訳じゃなかったのに……』


 記憶の断片が、修の視界に浮かび上がる。

 夜の台所、冷めた食卓、怒号。

 そして、男が乱暴にドアを閉める音。


『車に乗って、そのまま……でも、霧で前が見えなかった。……ブレーキが遅れて……』


 事故の瞬間が、白い残像のように空間に焼きつく。


『電話、鳴ってた。彼女からだった。でも、俺は……出られなかった』


 その言葉に、修の胸も苦しくなった。

 声にしなかった言葉。

 届かなかった最後の想い。

 この霊は、その断片をずっと、霧の中に閉じ込めていたのだ。


「愛菜。そっちから、今の気配がどう見える?」


 修が背後に声をかける。


 愛菜は目を細め、空気の揺れに集中した。


「……うん。男の人の気配。さっきの女の人と同じくらい濃い……けど、すごく後悔してる。胸の奥にずっと、重たいのがある感じ」


「先輩。今、この空間、音がちゃんと届いてるか確認して」


「……うん、たぶん。さっきより響く。声が消えない」


 結は視えないものの、“普通”を知る者として異常との違いを察知する役割を担っていた。


 修は静かに息を吐き、懐から一枚の《封断符》を取り出した。


 微かに焦げた痕跡がある、それは前回の結界で半壊したものの残りだった。


「ここから先は、俺一人でやる。……言葉を、取り戻す儀式だ」


 修が地面に膝をつくと、ノクスが彼の隣に寄り添った。


「ニャ(よし、支えるぞ)」


 その一言で、愛菜はノクスが“本気”に入った事を悟る。


 いつもの軽口は消えていた。


 修は目を閉じ、指で霊符に紋様を描き直し始める。


「——《真語断ち》、解除式をここに起動する。音なき想いよ、声となれ。記憶の殻を破り、言葉を超えろ」


 男の霊の輪郭が揺れた。

 空間に微細な震動が走り、空気そのものが言葉を伝える媒体に変わっていく。


「言え。あなたの言葉で。……奥さんに、何を伝えたい?」


 しばしの沈黙のあと、男の霊が唇を動かした。


『……ごめん。帰りたかった。だけど、戻れなかった。……ずっと、それが言えなくて……』


 その声は、今度は誰の心にも響いていた。

 気づけば、愛菜も、そして結も、その想いを“音”として感じ取っていた。


 ノクスがトンネルの奥へ向かって一声、鋭く鳴いた。


「ニャオッ!(来るぞ!)」


 白い霧の中から、女性の霊がふたたび現れる。

 その姿ははっきりとした輪郭を持っていた。

 それが“視えた”のは修だけだったが、他の三人も確かに、彼女の存在を感じていた。


 彼女は歩み寄り、微笑んだ。そして一言……。




『……おかえり』




 男の霊の目から、ぽたりと涙のようなものがこぼれる。

 彼もまた、微笑み返す。




『ただいま』




 たったそれだけの言葉が、この場に残された“わだかまり”を解いた。


 その瞬間、霧がふわりと舞い上がるように空へ昇り、ふたりの霊はそっと消えていった。


 まるで、時間の断層が一つ、優しく閉じられたかのように。



 帰り道。夜明け前の空の下、三人と一匹は歩いていた。


「ねぇ……最後、ほんとに、成仏出来たんだよね?」


 結が不安そうに尋ねる。


 修は頷いた。


「ああ。声が届いたからな。ちゃんと、届いた」


「ふたりとも、きっともう……あっちで一緒だよね」


 愛菜がそっと空を見上げる。

 その横で、ノクスが尻尾をゆっくり揺らしていた。


「ニャ(霧が晴れたのは、心の霧も同じって事さ)」


「なに?今、良い事言った?」


「ニャ(まあな。録音しといてもいいぞ)」


 三人の間に、ようやく静かな笑いが戻る。



 その頃、別の場所。校舎の屋上で、ひとりの影が立っていた。


 浜野は夜の空を見上げ、ひとつだけ呟いた。


「“真語断ち”……また使ったか。だが、まだ不完全だな、雨城」


 その手には、一冊の黒いノートが握られていた。

 そこに、一つの文章が書き足される。


 ーー千駄ヶ谷、霊的交信、成功。


 いつもとは違う雰囲気を放ち、目も虚ろ。

 まるで何者かに操作されているかのようーー


 夜が明けるまで、まだ少しだけ時間がある。

 次回予告


 第79話『血の城、声なき落城・前編』


 霧に沈む八王子城跡。

誰もいないはずの山で、足音だけが追ってくる。

聞こえるはずの声が消え、

聞こえないはずの叫びが響く――。


 次回、『血の城、声なき落城・前編』

その静けさは、何かが潜んでいる証。


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