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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜【累計10000PV達成!】  作者: 兎深みどり
第四章:心スポ探訪編

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第74話『静けさの向こうに ― 鈴ヶ森刑場跡』

 住宅とビルが立ち並ぶ、第一京浜沿いの道路。


 その隙間にぽっかりと口を開けたように、小さな緑地が現れる。


 まるで都市の皮膚にぽつんと空いた傷跡のようなその場所が――


 鈴ヶ森刑場跡だった。


「思ってたより……静か、ですね」


 結先輩が、敷地の前で立ち止まる。


 手のひらを胸の前で合わせ、深く頭を下げた。


「うん……けど、静かすぎて……ちょっと、怖いかも」


 愛菜の肩に、ふっと風が当たる。


 空は晴れているのに、どこか肌寒い空気。


「風向きが変わったな」


 先生が目を細めて、処刑場跡の方を見やった。


 無精髭にサングラスという、相変わらずの胡散臭いスタイルだが、こういう場所ではなぜか“それらしい人”に見えるから不思議だ。


 俺達は、オカルト研究同好会の活動として、現在各地の心霊スポットを調査して回っている。


 今回はその一環で――この“重たい史跡”を訪れる事になった。


「……江戸時代に、ここで数十万人が処刑されたって、本当なんですか?」


 愛菜が、おそるおそる尋ねる。


「史料によっては誇張もあるけど、十万以上って説は有力ですね」


 と答えるのは結先輩。


 歴史にも詳しい彼女は、今回の“同行解説役”でもある。


「首切り、磔、火あぶり……とにかく、ここでは“色んな死に方”をした人がいる訳です」


「色んな死に方って言い方怖っ!」


 俺が軽く突っ込むと、先生が鼻で笑った。


「だが雨城、ここは“見た目”ただの公園だぞ?」


「そうですね。でも……見た目だけで判断するのが、一番ヤバいです」


 修の霊感は、そういう場所に入った瞬間、肌で“分かる”。


 そして今――ここは“本当に静か”だ。


 霊の気配もない。重いけど、荒れていない。


 それが逆に不気味だった。


 敷地内を歩くと、立ち並ぶ石碑、慰霊塔、そして磔台跡や火刑台跡が目に入る。


「この火刑台の跡……本当に燃やされた場所なんですか?」


 愛菜が足を止め、丸い石を見つめた。


「ああ、ここで磔にされて、火を放たれたって伝わってる」


 俺は、丸石の上に積もった落ち葉をそっと払いながら言った。


「で、その隣が“首洗いの井戸”な」


 俺達は、敷地の奥にある金網に覆われた井戸へと向かった。


「うわ……こ、これ……」


 愛菜が井戸を覗き込もうとして、すぐに顔を背けた。


 何かを感じたのだろう。


「おい愛菜、大丈夫か?」


「……うん、大丈夫。ちょっとだけ、ね」


 俺もしゃがんで金網越しに中を覗く。


 水はほとんど枯れているが、底には赤黒い染みのようなものが見えた。


「雨城君……見える?」


 結先輩の声にうなずき、俺はゆっくりと井戸の縁に手を置いた。


 その時――


 ガンッ!


 金網が、内側から叩かれたような音が鳴った。


「っ!!」


 愛菜が叫び声をあげ、結先輩は咄嗟に俺の腕を引いた。


「おい、雨城、今の音は……」


「……いたな。中に一人、残ってる」


 俺の視線の先に、誰もいない。


 けれど、確かに“声”が聞こえた。


 ――おれは……わるくない。


「え?」


 低く、かすれた男の声だった。

 愛菜も聞こえたようで、小さく頷いた。


「なんだ……ろう。恨み、って感じじゃなくて……ただ、さびしい……?」


 愛菜がそうつぶやいた時、結先輩がふっと何かを拾い上げた。


「これ……お札?」


 それは風に飛ばされたような、破れかけの古びた護符だった。


 薄墨で文字が書かれていたが、ほとんど読めない。


「もしかして、封印が……」


 俺は、お札を指先でなぞると、かすかに冷たい気配が指に残った。


「ここにいる霊は……完全に成仏されてる訳じゃない……ただ」


 以前、ここで心霊写真が撮られたという話がある。


 男女3人の記念写真。

 その真ん中の女性の背後に、浮かび上がった生首の影。


 その霊を霊視した人物によると、江戸末期に打ち首となった浪人の霊で、強い怨念はなかったという。


「多分……“写り込んだ”だけなんだ」


 俺は空を見上げる。

 晴天のはずなのに、雲の切れ間から一筋の光だけが差し込んでいた。


「撮った人と、たまたま“波長”が合ったんだろうな」


「つまり……ここって、本当に怖い場所じゃないって事?」


 愛菜が問いかける。


「うん。むしろ、“ちゃんと供養されてる”場所なんだ」


 それはこの場に漂う“静けさ”が、何よりも語っている。


 結先輩が、もう一度井戸の前に立ち、深く頭を下げた。


「もう貴方だけです……もう休んで良いんですよ……」


 風がまた、やさしく吹いた。


 その瞬間――


 俺の耳に、あの声がもう一度届いた。




 ――ありがとう。




 それだけだった。


 そしてその後、井戸から何かが現れる事はなかった。


 帰り際、俺達は敷地の片隅にある大経寺を訪れた。


 ここは、処刑された者達を弔う為に建てられた寺院だ。


 本堂の前に立つと、どこか温かい空気を感じた。


 やっぱり、供養って……本当に、力がある。


「雨城君。ここって、もう幽霊が出る場所じゃないよね」


「はい。ここはもう、“出なくていい場所”です」


 結先輩が、そっと笑った。


 愛菜もそれにうなずく。


「じゃあさ……次のスポットは、ちゃんと“出るとこ”行こうよ!」


 愛菜の一言に、結先輩が「ちょっと!」と眉をひそめる。


「だって……!たまにはボクの霊感もビリビリ来てみたい!」


「それが来たら、泣くくせに」


 俺が笑うと、愛菜はむっとした顔で俺の背中を軽く叩いた。


 こうして俺達は、鈴ヶ森を後にした。


 静かな祈りの場所――そこに今も眠る霊達は、もう“恐れられる存在”ではなかった。


 ただ一つ。


 この場所に敬意を払わず、ふざけて踏み込んだ者には――


 何が起きても、知らないけどな。


 次回予告


 第75話『沈黙の十字架 ― 大和田処刑場跡』


 かつて、十字架に磔にされたまま斬首された罪人達の処刑場。


 白黒写真に刻まれた、終わらない苦しみ。


 その場所では、今も夜になると――

 首のない影が、処刑の続きを待っている。


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