第73話『メテオナックル!』
夜明けは、まだ遠かった。
封印は解かれ、怨念は浄化された。
しかし、“家”はまだ、生きていた。
地下から地上へ戻った修達を待っていたのは、軋むような重低音と、震えるような地鳴りだった。
家の柱が軋み、壁が呼吸するようにうねっている。
「……終わってない……?」
愛菜の声が、かすれて震える。
先生が周囲を見回す。
「いや……封印された“存在”は消えた。でも、この家そのものが、“器”だった”んだ」
修がすぐに続けた。
「“怨念を閉じ込めてきた年月”……それ自体が、この家を変えてしまった。もう、このままじゃ――」
――俺達ごと、潰される。
天井がひび割れ、梁が崩れる。
土間の壁が、内側から膨らみ始める。
「出口を探せ!!」
先生の声に、全員が玄関へと駆け出す――だが。
「開かない!? なんで……!」
扉は、まるで家の一部と化していた。
まるで生きている肉のように、ぬめりを帯びて軋む。
――閉じ込めようとしている。
この“封じの家”が、最後に自分達ごと全てを飲み込もうとしていた。
その時だった。
「…………っ」
先生が、額を押さえて膝をつく。
その目に、一瞬、蒼い光が走る。
脳裏に、走馬灯のように流れ込む映像。
機械。炎。断片的なコード。
そして――
「アクティベート・プロトコル:Phase-6」
次の瞬間、先生の背中が“蒸気”を吹いた。
服の背面が裂け、そこから金属のフレームが浮かび上がる。
結と愛菜が同時に叫ぶ。
「せ、先生……!? それって……!」
修も、ただ一点を見つめていた。
先生の右腕が、機械の腕に変化していく。
白熱するコアが展開され、エネルギーが腕に流れ込む。
「……思い……出した……」
先生の声が、低く、静かに響いた。
「お前達を、守る為に――」
“俺は戦う為に作られた存在だった”
「違う!!俺は……!!」
廃屋全体が唸り声をあげる。まるで最後の咆哮。
それに応えるように、先生は一歩、前に出た。
「……ここで死ぬ気はない。俺達は、生きて帰る!」
浜野の脳裏に銀髪の少女が浮かぶ。
メテオ・ドライブモード:展開。
右腕のコアが極限まで回転し、熱を放つ。
先生の声が轟いた。
「――フルドライブッ!!」
崩れかけた屋根の向こうへ、狙いを定め――
「メテオナックル!!!」
右腕から迸る光。
巨大な拳が、空間ごと家の屋根を穿ち――
轟音と共に、封じの家が崩れ落ちた。
◆
光の中、外の空気が戻ってくる。
木々のざわめき、風の音、夜明け前の冷たい空。
――外に、出たのだ。
愛菜が、思わず空を見上げて涙ぐんだ。
「……生きてる……」
結も、小さく頷いた。
ノクスが、先生の足元にすり寄る。
先生は片膝をつきながら、機械の右腕を見つめていた。
修が静かに問いかける。
「……先生。あれ……記憶が戻った?」
先生は、しばらくの沈黙の後、うっすらと笑った。
「いや……ほんの少しだけ、だ……でも……大事な事は、思い出した」
彼は、空を見上げた。
「――俺には、守るべきものがあるって事をな」
その空には、薄い朝焼けが滲み始めていた。
遠くで鳥の声が、夜明けを告げていた。
◆
その後、犬鳴村を出た一行は、しばらく無言だった。
あの家は、もう影も形もなかった。
だが、それで良かったのだ。
誰もが知っていた。
あれはもう、存在してはいけない“記憶”だったのだと。
修がふと、空を見上げる。
「……ねえ、先生。あの技……」
先生は一瞬、苦笑した。
「ん?」
「……メテオナックル。ちょっと名前、カッコよすぎません?」
全員が、ふっと吹き出した。
笑い声が、朝の森に響いた。
それは、確かに“生きて”帰ってきた者達の、証だった。
次回予告
第74話『静けさの向こうに ― 鈴ヶ森刑場跡』
打ち捨てられた処刑場の井戸。
静かな場所ほど、声なき声がよく響く。
“ここにいたことを、忘れないでくれ”
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