第70話『封じの家』
ざぁ……ざぁ……
木々が風に軋み、梢を揺らすたびに、まるで何かが忍び寄るような音がする。
月明かりは黒雲に覆われ、懐中電灯の細い光が頼りだった。
周囲を囲む樹木は壁のように密生し、戻る道はすでに見失っていた。
結は立ち止まり、目の前に佇む廃屋を見上げた。
湿気を吸った空気の中、そこだけが異様なほど重苦しい。
屋根の一部は崩れ、壁面は泥に塗れ、窓ガラスは内側からひっかかれたような跡がある。
今にも朽ちて崩れそうな、異形の静寂が張りついていた。
「……ここだけ、空気が違う。重い……」
彼女は小さな声でつぶやく。
ノクスが低く唸るように喉を鳴らし、結の腕の中で小さく身を震わせた。
愛菜が結の背後に隠れるように立ち、怯えた眼差しで家を見つめる。
「見られてる気がする……誰もいないのに……ずっと、視線を感じるの……」
先生は無言で懐中電灯を向けながら、口元を硬く結んでいる。
その目は警戒を超え、不安を通り越して恐れを滲ませていた。
修は先頭に立ち、家の正面に歩み寄る。
ふと、腐食した表札のようなものが目に留まった。
「……これ、何だ?」
近づいてみると、木の板に文字が彫られていた。
だが、年月と風雨に晒されており、判読出来るのは一部だけだった。
「“封”の字……かろうじて読める。封印の“封”……?」
ざっ……
一陣の風が吹き、枯葉が巻き上がる。
その瞬間、全員が背筋をぞわりとさせた。
寒気とは別の、もっと生理的な“拒絶”に近い感覚。
修は目を細め、家を見据える。
ノクスが「ウゥ……」と低く唸った。
次の瞬間、家の床下から、木が軋むような音が微かに響いてきた。
誰かが、そこにいる。
そう確信させるには十分な音だった。
修は後ろを振り返らず、静かに言う。
「ここは、ただの空き家じゃない。何かを……“封じてる”。そんな気配がするんだ」
先生がハッとしたように目を見開いた。
「雨城……お前……その感覚は、間違ってないかもしれない」
その一言に、場の空気が一気に変わった。
誰もが、あの家がただの廃墟ではない事を理解し始めていた。
扉の向こうに、何かがいる。
目を開けて、待っている――そんな気配があった。
沈黙が続く。
風が木々を揺らす音だけが、場を支配していた。
修は、懐中電灯を握り直し、扉の前に立った。
「行こう。答えは、あの中だ」
誰も返事はしなかった。
だが、それぞれに覚悟を決め、彼の背中を追った。
そして、重く閉ざされた扉が、ゆっくりと開き始める――。
次回予告
第71話『封じられた怨霊』
封印を破る音が、夜の闇に響く。
何が目覚めたのか、それは誰にも分からない。
家は語る。血の記憶を。怨念の歴史を。
次回、開けてはならなかった扉の向こうへ――
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