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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜【累計10000PV達成!】  作者: 兎深みどり
第四章:心スポ探訪編

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第67話『おらびの浜』

 波の音だけが、夜の堤防を満たしていた。


 日本海に面した京都・宮津の海辺。

 鈍い街灯の下、オカルト研究同好会の3人が、釣り糸を垂らしていた。


 釣り――というのは名目上の理由。

 本当の目的は、この地域に伝わる、ある“怪異”の調査だった。


「“おらび”って知ってる?」


 愛菜が小さな声で言う。

 彼女の足元では黒猫のノクスが、風の匂いを警戒するように鼻をひくつかせていた。


「この辺の古い方言で“叫ぶ”って意味。でもね、『おらばれる』って言い回しになると、意味が変わるの」


 夜釣り中、背後から“誰か”に声をかけられる。

 ――『おーい』と。


 無視すれば何も起こらない。

 だが、返事をしてしまったり、振り返ってしまった瞬間。


 「耳元で、囁く声がするんだって。『おい……』って」


 そして、海面に浮かぶのは、あり得ない“人影”。

 やがてそれは、水の中へと人を連れ去っていく。


「土着系の水死霊……? いや、あれはもっと“原始的”かもしれない」


 修がスマホをいじりながら呟いた。

 その目は夜の海を見つめているが、意識はもっと深い闇に潜っていた。


 

 ――その時、声が響いた。


「……おーい……」


 背後。堤防の内側。

 誰もいないはずの場所から、しわがれた呼びかけが聞こえてくる。


 誰一人、振り返らない。


 「……おーい……」


 もう一歩、近づいた。


 愛菜がごくりと唾を飲む。


 ノクスの毛が逆立ち、低く唸った。


「私にも聞こえる……耳を貸しちゃだめ……目も合わせたらだめよ」


 結が鋭く囁いた時――


 「おい」


 耳元。

 すぐそばで、湿った吐息混じりの囁きが、確かに響いた。


 その直後。


 「ポチャ……」


 海面で、水音。


 波間に浮かぶ、白い“顔”。


 それは、表情を持たない。

 ただ虚ろに口を開けたり閉じたり、こちらを見ている。


 一つ……また一つ……。

 波の奥から、いくつもの“顔”が現れる。


「こいつら……全部、違う人間の顔を模してる」


 修が静かに言う。


 顔達が同時に口を動かす。


 “おい……おい……おい……”


 声は、外からではない。

 頭の中に直接流れ込んでくるようだった。


 ――その時。


「しゅーくん、来る!」


 愛菜が叫んだ。


 ノクスが、堤防の縁に向かって身構える。


 何かが這い上がってくる気配。


 ――視線じゃ、もう止まらない。


 修は、目を閉じた。


 内側で、何かに触れる。


 “心眼”が開く。


 音もなく、魂の底に届いた。


 そこにあるのは――怒り、孤独、置いてけぼりにされた感情。


 「……なるほど。そういう事か」


 修は、目を開いた。


 その目は、もはやただの人間のものではなかった。


 「――真語断ち、壱式《魂打ち》」


 


 修が、一歩前へ出て、声を放つ。


 


「お前が怒ってるのは、置いていかれたからだろ」


 海が、揺れた。


 “顔”達が、一斉に振り向くように視線を向けてくる。


「だったら、叫べよ。その名前、呼んでみろ。誰にも聞かれなかったなら、ここで俺にぶつけろ」


 波が、裂けた。


 “顔”達の輪郭が揺らぎ、崩れはじめる。


 海面が、青白く光った。


 空気の密度が変わる。

 圧が抜ける。


 結が小さく息を飲んだ。


 ノクスが、にゃう……と低く唸った。


「効いてる……!」


 愛菜の声が震える。


 


 修は、ゆっくりと続けた。


 「お前らがどれだけ声を出しても、誰にも届かない。だから……今度は、俺が返す」


 「ここにいるぞ。届いた。……もう、黙って消えていい」


 


 その瞬間だった。


 “顔”達が、ひとつひとつ、砕けるように消えていった。


 まるで波が引くように。

 静かに、でも確かに。


 水音だけが残り、海はまた、静かに戻っていた。


 


 


「……やった、の?」


 愛菜が口を開く。


 修は深く息を吐いた。


「浄化ってほどじゃない。でも、あいつらの“声”は、ちゃんと届いたと思う」


「言葉だけで、追い返した……」


 結が呟く。


 修はスマホをポケットに戻した。


「言葉は武器だ。幽霊だって、魂の塊なんだから、真芯を突けば揺らぐ」


 


 風が吹き、ノクスの尻尾がふわりと揺れた。


 


 「ばあちゃんがさ、昔こう言ってた」


 「“視た”だけじゃ弱い。本当に戦うなら、“言葉にする事じゃ”ってな」


 その口元に、少しだけ微笑が浮かぶ。


 「“口が悪い”って言われてたけど――ようやく、この舌の使い方がわかった気がするわ」


 


 闇の向こう、海はまた波を打っていた。

 でも、もうそこに“顔”はなかった。


 次回予告


 第68話「犬鳴トンネルと幻の犬鳴村」


 封鎖された旧トンネルの先に現れた、“存在しないはずの村”。


 鳴るはずのない足音、迫る見えない気配――

《真語断ち》が、封じられた記憶に触れる。


 次回、「犬鳴トンネルと幻の犬鳴村」

その一歩が、境界を越える。


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