第66話『“彼女”が見つけたのは、封じられた手紙』
小塚原の空が白み始める。
夜を越え、風は少しだけ涼しくなっていた。
境内の裏手――
結は一人、祠のそばにしゃがみ込んでいた。
“何か”が、ここに呼んでいる。
「……あれ?」
半ば崩れた地面の端。
割れた石の下に、風にめくられたように、一枚の紙片が顔を覗かせていた。
結が手を伸ばし、そっと引き抜く。
それは、古びた封書だった。
薄紙に墨で書かれた、名もなき手紙。
――誰かの、届かなかった言葉。
封を切ると、筆跡の荒い文字が、今にも崩れそうに並んでいた。
『わたしを殺したお侍様へ』
『あなたを呪いたくて書いているわけではありません。ただ、ただ、聞いてほしかったのです』
『わたしは、誰かに名前を呼ばれたかった。誰かに、私の話を聞いてほしかった』
『もしも、あなたがもう一度この世に生まれて来ることがあったなら』
『どうか――わたしの分まで、生きてください』
結の手が、小さく震える。
「こんな……優しい言葉、残してたんだ……」
風が、ふわりと吹いた。
その一瞬だけ。
誰かの笑顔が、結の隣に“見えた”気がした。
「……うん、届いたよ。あなたの声、届いた」
結は手紙を胸に抱いた。
やがて朝陽が差し込み、刑場跡の上空を優しく照らす。
地蔵の陰から、一匹の黒猫が出てきた。
「ニャウ……(声なき者に、祈りあれ)」
ノクスは、黙って結の隣に座った。
その背後。
修が寝起きのような顔でやってくる。
「先輩〜。朝飯まだ?」
「もうちょっと静かにして」
「へいへい……何かありました?」
結は、小さく微笑んだ。
「うん、でも……もう、大丈夫」
「そっか」
彼らの足元、確かにあった“無念の声”は、静かに夜明けの空へと消えていった。
次回予告
第67話『おらびの浜』
夜の海で誰かが呼んでいる――「おい」と。
それは、答えてはいけない“声”。
次回、海が記憶をさらっていく。
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