第64話『小塚原刑場跡を探索!』
夏の夕暮れ、陽が落ちる直前の空は茜に染まり、南千住の街並みに長く黒い影を落としていた。
目的地、延命寺はその静寂の中にあった。
石畳の参道を歩く四人の足音だけが響く。
――かつて、ここは死者が埋もれた地だった。
「いかにもって感じの雰囲気だな。陰、重すぎ」
修は懐中電灯を掲げながら、境内の奥を睨むように見つめた。
「ここ、小塚原刑場跡……だよね?」
結の声はやや震えていた。
「そう。処刑場の跡地。江戸時代から明治初期まで、二十万人以上がここで命を絶たれたって」
修が答えると、結の足取りが一瞬止まる。
「そんなに……」
「しかも死に方様々です。火あぶり、磔、さらし首、腑分けまで。んで、埋葬は土かぶせただけ。獣に食われた死体も多かったらしい」
淡々とした口調だが、その言葉には異様な重みがあった。
「ちょ……怖すぎません……?」
愛菜がノクスを抱きながら後ろを気にする。
ノクスはぴくりとも動かず、じっと延命寺の本堂を睨んでいた。
「ニャゥ……(ここは、ただの墓地ではないぞ。悪しき念が、土の奥で蠢いている)」
「ノクスが警戒してる。霊が……たぶん、出る」
「へぇ、楽しみだな」
修の口角が上がる。
幽霊耐性MAXのオカルトオタクには、むしろ好都合な展開だ。
境内の左手には、黒ずんだ石塔があった。
――首切地蔵。
高さは三メートル近く。
かつては刑の後、この地蔵が首を受け止めたと伝えられている。
結が近づいたその時だった。
突然、耳鳴りのような音が辺りに広がった。
「今の、何……?」
境内の空気が一変する。
気温は急激に下がり、吐く息が白くなった。
そして――
見えた。
地蔵の傍らに、白装束の男が立っていた。
首のないその姿は、明らかに“向こう側”の存在だった。
「……見える。珍しいな、これだけ強いのがハッキリ出てくるなんて」
修はゆっくりと男に向かって歩み出る。
「おい、アンタ。未練があるなら話聞いてやるよ。そういうの得意なんでな」
首なしの男が、修のほうに歩み寄る。
そして――
断ち切るべき“言葉”が、聞こえた。
《誰が、俺を裏切った》
修の眼が細められた。
「……なるほど。“処刑された理由”を納得してねぇって訳か」
右手を軽く持ち上げる。
修の瞳が淡く輝き、魂の奥にある“真語”を見抜いた。
「――《真語断ち》」
「アンタが信じた奴は、最初からお前を売るつもりだった。ただ、それだけだ」
その瞬間、首なしの男の体が音もなく崩れ、風に溶けるように消えていった。
「成仏、っと」
修がふっと息を吐いた。
「……あれが、幽霊……?」
結が呆然とその場に立ち尽くす。
「霊の強さは場所の記憶に比例する。ここは、そういう意味で“格が違う”って事だな」
修が肩をすくめる。
「まだ、いるぞ」
ノクスが低く唸った。
「……続きは、夜だな」
修が闇に目を向けた。
この地に残る怨念は、まだ序章にすぎない。
次回予告
第65話『無念の群像、語られざる叫び』
首切地蔵の下に潜む亡霊たち。 不意に浮かび上がる、“声なき者たち”の記憶とは――?
次回も、刮目せよ!
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