第63話『東京塔の女』
真っ赤な鉄骨が夕焼けに染まる東京タワーは、今日も観光客で賑わっていた。
だが、その華やかな姿の裏側に、誰も近づきたがらない非常階段が存在する。
「非常階段に幽霊が出るって話、聞いた事ある?」
結が小声で呟く。
霊感がまったくない彼女は、何も感じ取れていなかった。
「幽霊が出るって話は、噂の域だけど、実際に見た人は少ないみたいだな」
修がにやりと笑いながら応じる。
「今日は許可を取ってあるけど、20時30分には閉まるから、それまでに調査を終えないと」
愛菜が少し緊張した声で言った。
彼女の肩には黒い影がひそみ、周囲の空気の変化を察知していた。
「にゃう……(ここは危険だ)」
その影の小さな声は、愛菜の耳だけに届いた。
彼女は身震いし、周囲を見回す。
「何か感じてるの?」
結が訊ねるが、愛菜は無言で頷くだけだった。
三人は非常階段の入り口に立つ。
普段は閉鎖されている場所は、錆びつき、薄暗く不気味な雰囲気を漂わせていた。
「調査を始めよう」
修が先頭に立ち、ゆっくりと階段を登り始めた。
手すりに触れた瞬間、愛菜の背筋がぞくりとした。
階段から冷気が立ちのぼり、不穏な気配を放っている。
三階分ほど降った所で、突然、上階からヒールの高い靴音が「カツ、カツ」と響いた。
「誰かいるのか?」
修が声をひそめて訊ねるが、階段の上には誰もいなかった。
その瞬間、愛菜の肩の影が低く「にゃう」と鳴き、警戒を促す。
愛菜はじっとその影を見つめた。
修は耳を澄ませ、風に乗ってかすかに聞こえた声に集中する。
確かに誰かが囁いている。
紛れもなく幽霊の声だった。
だが結は首をかしげるだけで、何も感じ取る事ができなかった。
「……何か聞こえた気がするが、よく分からないな」
修が呟くと、結は黙って頷くだけだった。
外は次第に暗くなり、20時も近づいている。
「そろそろ閉まる時間だ。余裕を持って戻ろう」
結が時計を確認した。
その時、階段の先にぼんやりとした女性の姿が浮かび上がった。
赤いヒールが揺れ、ワンピースの裾が風にそよいでいる。
「……見える?」
修が結に尋ねる。
結は何も見えず、ただ首を横に振った。
「いるの?」
だが女性の顔は闇に隠れ、声は出さない。強い孤独だけが漂っていた。
階段の向こうから、かすかな声が風に乗って聞こえた。
《待っていたの。誰かが来てくれるのを……》
《ずっと一人で、ここで……》
修はその声に耳を澄ませ、胸に込み上げる感情を押し殺した。
結は無言で、その場の空気を見つめるだけだった。
突然、冷たい空気が周囲を包み、女性の姿はゆっくりと消えた。
「ここはただの場所じゃないな」
修は息を吐いた。
三人は急いで階段を駆け下り、20時28分に外へ戻った。
愛菜の肩の影が小さく「にゃう」と警告の声を上げる。
「ここには、大都市ゆえの、様々な念が集まってる……あの女性もその一人なんだろうな……」
修は顔を引き締めた。
東京タワーの非常階段は、また誰かの訪れを静かに待っているのだった。
次回予告
第64話『小塚原刑場跡を探索!』
江戸の処刑場、小塚原刑場跡を修たちが探索。
怨念の地で、幽霊は見えるのか――?
乞うご期待!




