第61話『幽霊、いないなら会いに行こう』
第四章:心スポ探訪編始まり始まり!
夏の朝は、妙に白けた空気が漂っている。
蝉の鳴き声が、大学構内に反響する。
そこだけ妙にリアルで、まるでホラー映画の一幕のようにも思える。
「……最近、何か静かすぎない?」
オカルト研究同好会の部室。
四畳半とちょっとの狭い空間に、扇風機の音が虚しく回っていた。
修が呟いたその声に、黒咲結が頷いた。
「確かに。最近は、霊の噂もほとんど聞きませんし……。」
「しゅーくんが引き寄せてないだけじゃないの?」
君鳥愛菜がアイスバーを咥えながら言った。
黒縁のメガネ越しの目が涼しげに細まる。
修はうーん、と唸ってからテーブルに置かれたノートPCを指差した。
「いや、それだけじゃない。SNS、掲示板、心霊ブログ……全部チェックしたけど、この辺りどころか県全体、ほとんど反応がないんだ。」
「情報、消されてるとか?」
「だったらそれこそ怖いけどな。でもたぶん違う。……つまり、“幽霊の方が出てきてない”だけだ。」
ぴしっ、とスイカバーが割れる音がした。
「じゃあ──会いに行こうよ、幽霊の方に。」
愛菜が、氷菓を片手に真面目な顔で言った。
「“出ないなら、出てるところへ”。ボクら、オカ研じゃん?」
「……まあ、否定はできないですけど。」
「ノリで心霊スポット行こうとか、まるで夏休み中の中高生の発想じゃん。」
修が苦笑しつつも、内心は乗り気だった。
そう――退屈だったのだ。
この数週間、明らかに霊の気配が薄くなっていた。
まるで、何かの前触れのように。
……動かねば、逆に飲まれる。
「浜野先生にも声かけて、車出してもらおう。行き先は──」
「全国心霊スポットです!」
「お前が一番ノリノリかよ!」
◆
その日の夕方。
浜野京介の運転する車に乗り、オカルト研究同好会のツアーはスタートした。
「……俺さ、心霊スポットとか行くの、好きじゃないんだけど?」
「しゅーくん達が危ない目に遭う方が、もっとイヤでしょ?」
「先生がいれば何とかなります。たぶん。」
助手席の浜野は、ため息をつきながらも「じゃ、まずは近場からにしようか」と言った。
「千葉の“雄蛇ヶ池”って知ってる? 自殺の名所であり、池に棲む何かが目撃されてる。」
「水辺系は出る確率高いしね」
「池の女幽霊ってやつか……どんな姿だと思う?」
「上半身が白いドレス、下半身が鯉」
「それ幽霊じゃなくて合成獣だろ!」
「にゃ〜(面白そうだな)」
後部座席の隙間から、黒い猫型妖怪――ノクスが顔を出してきた。
「うぉっ!? いつ乗った!?」
「先生が気づかないだけで、最初からいたよ?」
「にゃ〜(人の話を聞け)」
◆
夕暮れの雄蛇ヶ池。
湖面は風一つないほど静まり返っており、空の赤が黒く沈みかけていた。
「……雰囲気は、満点だね」
修が辺りを見渡しながら言った。
足元にぬかるみがあり、蚊の羽音が不気味にまとわりついている。
「幽霊って、日没直後に現れやすいんだって。光の境目、いわゆる“またの時間”」
「“逢魔が時”か……ってことは、今がちょうどいい?」
「先生、エンジンは止めないでおいてください」
「やっぱ危険なの?」
「逃げるためじゃないよ。“帰れる場所”を確保しとくの、大事だからね」
「……こえーこと言うなぁ」
その時、背後でカシャ、と音がした。
「しゅーくん。今、草の中で動いたよ」
「“気配”がある?」
「うん。すごく、ぬめっとした気配……湿ってる……」
「にゃあ(下だ)」
ノクスが低く唸る。
瞬間、修は無意識に結の腕を引いた。
「下がってください、黒咲先輩!」
バシャッ!
池の水面が、不自然に揺れた。
泡立つように広がる波紋。
そこから、何か白いものが浮かび上がる。
「女……?」
白い着物の女が、顔を水面から覗かせた――いや、違う。
“顔”がない。
いや、“顔だけが”なかった。
「うわあああああっ!?」
浜野が叫んで車のドアを開ける。
同時に、白い着物の“それ”が、ずるずると這い出してきた。
水音だけが、妙に生々しい。
「こっち来てるよ!? 修、何かしろよ!!」
「結先輩、離れて!」
修はスッと右手を掲げた。
祖母に教わった動作を反射的に思い出す。
「帰る場所は、あっちだろ? こんなとこでうろついてんじゃねえ……!」
指を鳴らした瞬間、何かが空間を裂くように響いた。
白い女の影が、風に溶けるように掻き消えた。
水面が、一瞬だけ静寂を取り戻す。
「……おわった?」
「うん。とりあえずね」
「顔、なかったよね……?」
「うん。多分、死んだ時に“思い出せなかった”んだと思う」
「自分の顔……?」
「死に方が、激しすぎたのかもしれない。もしくは、自分を嫌いすぎて、顔を捨てちゃったのかもね」
「悲しいな……」
愛菜のメガネ越しの目が、うっすらと曇っていた。
修は小さく頷くと、車に向かって歩き出した。
「……じゃあ、次はどこ行こうか?」
「え、続ける気なんだ?」
「当たり前だろ。“心霊スポ探訪編”って、これからが本番だぜ?」
「ノリと勢いで言ってるくせに!」
「にゃー(次は峠がいいにゃ)」
◆
こうして、オカ研による“幽霊逆探訪”は幕を開けた。
夏の闇に挑む若者達の旅路は、今始まったばかり。
彼らが向かう先には、まだ名も知らぬ霊達の“声”が、静かに待っている──。
次回予告
第62話『旧吹山トンネル』
夕方のトンネル、ライトが届かない奥に“何か”がいる。
後部座席から聞こえた声、助手席の窓に映った顔、運転中に消えたナビ。
止まらない、止まれない──この道は、まだ終わらない。
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