第60話『約束とお願い』
第三章ラストです!!
浜野京介はゆっくりと目を開けた。
深く長い闘いの余韻が、まだ体の奥底を巡っている。
手足の先に残る微かな痺れが、今までの出来事が現実だった事を何よりも物語っていた。
胸元――ネクタイの下、肌に触れる位置に仕込まれた“鍵”が、ほんのりと柔らかな熱を放っている。
それは機械的な発熱ではなく、確かに“誰か”の意思がそこに宿っていると感じさせる温もりだった。
「……あの声は間違いない、本物のリーヴァの声だ」
浜野は呟いた。
優しく、凛として、どこか悲しげで。
だが確かに、あの声は彼の心に届いていた。
彼はゆっくりと起き上がり、背筋を伸ばして深く息を吸う。
肺に満ちる空気がやけに清らかで、新しい風の気配がした。
その時――。
『またいつか、必ず会いましょう──』
脳内にふわりと響いた声。幻聴ではない。
浜野の奥底に刻まれた、彼女の“声”だった。
「……リーヴァ……」
目を閉じた彼の表情は、どこか優しく、そして強く決意に満ちていた。
幼少期に出会ったあの少女を思い出していた。
「先生、大丈夫ですか?」
心配そうな声が耳元に届く。そっと目を開けると、雨城がすぐ傍に立っていた。
彼の目はいつものように柔らかく、けれど今はそれ以上に、深い安堵が宿っている。
「ああ。みんながいてくれて……本当に良かったよ」
浜野が微笑むと、結も嬉しそうに頷いた。
その後ろから、修と愛菜が歩み寄ってくる。
「先生、やっと起きた。良かった……心配したんだよ……」
君鳥が笑顔で言う。
だがその声に張りがなかったのは、心底安心している証拠だ。
「でも……無事で良かったです」
黒咲は両手を胸の前で握りしめ、ほっと息をついていた。
部屋の中には静けさが戻っていた。
だが、どこか空気が違っている。
何かが変わったような、何かが“始まった”ような……。
そんな時、ふと気配が揺れた。
修とノクスだけが反応した。
空気の流れが、わずかに変わる。
そして――。
そこに立っていたのは、淡く儚い光を纏った、一人の少女。
白いワンピースに、透明に近い空色の瞳と、髪がふわりと揺れる。
その姿はまるで、朝靄に溶けかける夢のようだった。
「……ひより」
修がぽつりと呟く。
彼女の存在を確かめるように、ゆっくりと一歩、足を踏み出した。
ひよりは修の隣に寄り添うように立ち、目を細めて微笑んだ。
彼女の姿は、修とノクスにしか見えない。
だが――。
彼女の手にあるものだけは、全員に見えていた。
淡い光を放つ、古びた一冊の書物。
それはまさしく、《空白の書ーーリーベル・イナーニス》。
「これって例の?……という事はひよりちゃんもいるのかな?」
愛菜がひよりの方へ歩み寄る。
ひよりは書物を愛菜にゆっくりとその書物を渡す。
冷たいはずの表紙から、かすかな温もりが伝わってくる。
「これが、リーベル・イナーニス……」
彼女は驚きを隠せないまま、震える声でそう呟いた。
ひよりの声が、修とノクスの心にだけ届く。
「わたしには記憶が無い、記憶自体はリーベル・イナーニスに記録してるんだけど、長い年月の間に書自体の力のせいで、リーベル・イナーニスからその記憶が意思を持ってしまって、抜け出しちゃったんだ、そこでお願いがあるの、あの時みたいに、わたしの記憶を取り戻して欲しいの……その代わり、リーベル・イナーニスを使っても良いし、わたしも皆のお仕事、協力するから……ダメ、ですか?」
その事を皆に説明する修。
「いいよ!協力する!ひよりちゃんとお友達なりたいし!」
愛菜はまるで友達が出来たかのようにはしゃいでいる。
「よろしくね、ひよりちゃん」
先輩は気配を感じ取れないから明後日の方向向いてそう言う。
「先輩、こっちです、ひよりは」
そういうと先輩は顔を赤くしてワタワタしてる。かわいい。
ノクスが満足げに喉を鳴らした。
「にゃう……(仲間が増えるにゃ。にゃはは、こりゃ賑やかになるにゃ)」
修が手を差し出し、ひよりの手をそっと取った。
「……よろしくな、ひより」
その言葉に、ひよりは静かに頷いた。
「うん。わたし……お兄さんのそばにいたら、無くした記憶もすぐに見つかる気がするの」
言葉に込められた想いの深さが、修の胸に響く。
彼はただ、そっと微笑んだ。
浜野はその様子を見つめながら、自身の胸にそっと手を当てた。
その手の下――そこにある“鍵”は、まだわずかに熱を持っている。
リーヴァの声は確かに届いた。
彼女は生きている。
あの遥かな空の彼方で、再会を待っている。
「必ず、もう一度……会う。今度は、俺の意志で、約束だーー」
その呟きに、誰もが気付いてはいなかった。
だが確かに、空気の中に微かな応答があったような気がした。
やがて窓の外には、やわらかな朝の光が射し始める。
新しい一日。
新しい始まり。
長い闘いを終え、彼らは日常へと戻っていく。
けれど、それはただの“平穏”ではない。
確かな絆と、希望と、少しの不安と――。
そして、これからの新たな物語の、静かな幕開けでもあった。
日が昇る。
部室の窓から、金色の光が差し込む。
そこに集う仲間達の姿は、以前と何ひとつ変わらないようで、どこかが決定的に違っていた。
そう。もう彼らは、ただのオカルト研究同好会じゃない。
未知の世界に足を踏み入れた、選ばれし者達。
「先生、お昼ご飯一緒に食べようぜ!」
修は焼きそばパンを持ってる。
その後ろには結と愛菜、ノクス、ひよりもいる。
「……ああ、食べよう」
浜野は立ち上がり、柔らかく笑った。
どこか、以前よりも人間らしく、穏やかな表情で。
「そういえば、サイボーグって焼きそばパン食べれるのかな?」
「その辺は人間と変わらんよ……多分。自分の身体が未知すぎて分からん」
愛菜がノクスの頭を撫でながらつぶやく。
「リーベル・イナーニスって、明日の天気とか予測出来ないかな?」
「調べられるよ!明日は晴れ!39度!猛暑です!」
「にゃう(いや、そんなしょーもない事に使うなよ)」
修が頷きながら、ひよりに目を向ける。
「お前も、もう立派な部員だな」
「うん。わたし、ちゃんと皆の役に立ちたい……」
その笑顔は、淡く光っていた。
記憶はまだ戻らない。けれど、今はそれでいい。
ここに居場所があるから。
次回予告
第61話『幽霊、いないなら会いに行こう』
最近、近所に幽霊がまったく出ない。
……じゃあ逆に、幽霊の方に会いに行くってのはどうだ?
行き先は──全国のガチ心霊スポット!?
ノリと勢いだけで始まる真夏のオカ研ツアー、始動──。
次回!第四章:心スポ探訪編、始まります。
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