第59話『銀髪の少女は夢に笑う』
室内に舞う光の粒が、静寂の空間を満たしていた。
浜野は、浮かび上がる記録の映像に、じっと視線を注ぐ。
そこに現れたのは、まだ幼い自分、そして──銀髪の少女。
「……リーヴァ……?」
懐かしい姿だった。
紫の瞳。
どこか切なげな微笑み。
だが、その瞬間、心に小さなひっかかりが灯る。
『京介……また、会えたね』
少女が微笑み、手を差し出してくる。
懐かしく、優しく、それでいて何かが……不自然だった。
「にゃ……にゃにゃ?(おい、これ……様子がおかしいにゃ)」
ノクスの毛が逆立つ。彼は浜野の足元からじっと映像を睨んだ。
「ノクス……どうした?」
「にゃう……(気づけ、浜野。この“リーヴァ”、空気が違うにゃ)」
映像の中で、少女はゆっくりと浜野に歩み寄る。
『あなたは、ずっと苦しんできた。孤独も痛みも……でも、もう大丈夫。全部、わたしの中に還して。あなたはここで、眠ればいいの──』
優しい言葉。
だがそれは、浜野の記憶にあるリーヴァの“温度”とは明らかに違った。
「お前……誰だ?」
浜野が問いかけると、少女の瞳に一瞬、奇妙な光が走った。
『……観測対象、識別:浜野京介。鍵所持者、同時接続完了。精神構造への干渉開始』
瞬間、部屋の温度が落ち、空気が振動を始める。
壁の表面に黒い亀裂が走り、床が脈打つように歪む。
「っ……ぐ、ぅ……!」
頭の奥に直接、何かが流れ込んでくる。
浜野の意識が引き裂かれ、過去の記憶と偽の映像が混ざり合い始める。
「先生っ!」
結が叫ぶ。
愛菜と修も駆け寄ろうとしたが、結界のような力に阻まれた。
「にゃあああっ!(やめろにゃ!そいつ、本物のリーヴァじゃないにゃっ!)」
ノクスが声を荒げて飛び上がる。
浜野の胸元で何かが光る……それは改造によりそこに内包された“記録の鍵”……それが、まるで苦しむように震えていた。
『リーベル・イナーニス:模倣体起動完了。対象:リーヴァの血統および鍵保持者──精神侵蝕、進行中』
「偽者か……お前……!!」
浜野の声に、偽の少女が表情を歪ませた。穏やかだった顔に、無機質な冷笑が浮かぶ。
『我らが主の意志により、あなたはここで“記録の海”に沈む。それが最適解』
「記録の……海……? くそっ、ふざけるな!」
浜野が力を振り絞る。
だが侵蝕は止まらず、記憶の中の“自分”までもが書き換えられていく──その時。
『──京介から、離れて!』
別の声が、空間を切り裂いた。
透明な光の粒子が部屋全体に拡がり、偽リーヴァの身体にノイズが走る。
『干渉信号、外部からの逆流検知──異常発生、敵対者の一族と認定!!』
現れたのは、銀髪の少女──
今度こそ、“本物”のリーヴァだった。
「リーヴァ……!」
その瞳には確かな感情が宿っていた。
偽物とは違う、温度のある眼差し。
彼女は浜野を見つめ、ゆっくりとうなずいた。
『この記録空間は、私の作ったものじゃない。私達の一族に恨みを抱く者達が、罠として仕組んだ“模造記録”よ』
偽リーヴァが崩れ始める。
肌は粒子となり、空間ごと歪んでいく。
『でも、安心して。私は、ここにいる。京介──あなたの中に、ちゃんと“本物の記憶”が残ってる』
リーヴァが浜野の胸元に触れると浜野の胸元が淡く共鳴した。
『あなたのここには“鍵”があります。今はまだ、触れてはいけない記憶があるから、全てを思い出すのはまだ先。でも、あなたなら──きっと、辿り着ける』
光が強くなり、空間が崩壊していく。
浜野の意識が急激に引き戻される。
次に目を開いた時、そこには誰もいなかった。だが、確かに心には残っていた。
彼女の声。
ぬくもり。
──そして、次に進むべき道。
「……リーヴァ。必ず、真実に……君に辿り着くよ」
部屋の静寂に、ノクスの尻尾がゆらりと揺れた。
「にゃう……(言っただろ、油断すんなっての)」
次回予告
第60話『約束とお願い』
浜野は本物のリーヴァからのメッセージを受け取る。
それは「またいつか会える」という未来への希望。
散りゆく記憶の彼方に、新たな約束が光る。
空白の書編、第三章の終わり──。
「にゃう……(一区切りにゃ。でも物語はまだ続くにゃ)」
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