第56話『幼き日の約束』
2025/09/06 文章少し修正しました。
旧校舎・203号室。
浜野がドアノブを回すと、まるで鍵など最初から存在しなかったかのように、扉は静かに開いた。
薄暗い部屋の中には、ほこりの匂いと、長い時間放置されていた静寂だけが満ちていた。
だが――そこに一歩足を踏み入れた瞬間、浜野の脳内に“何か”が強制的に流れ込んできた。
眩い光。
空を裂くような轟音。
機械的な構造物と、言葉にならない声の波。
――そして、銀色の髪。紫の瞳。
「……リーヴァ」
思わず名前を漏らした浜野に、修と愛菜が駆け寄る。
「先生!? どうしたんですか……!」
「何か、また思い出したの?」
浜野はふらつく身体を壁に預けながら、小さくうなずいた。
「……遠い記憶だ。忘れていた……いや、封じられていたもの?」
彼が見たのは、幼い頃、まだ少年だった頃だ。
野原で遊んでいた時、突如目の前に眩い光と共に自分よりも幼い風貌の少女が現れた。
細く、透き通るような銀の髪。
尖った耳と、異国めいた白い衣装。
そして何より印象的だったのは――
「淡い紫の瞳だった。……人間じゃない、とすぐに分かった」
だが、怖くはなかった。むしろ、不思議と安心出来た。
彼女は怪我をしていて、意識がない。
家から手当て出来そうな物を持ってきて、子供なりに出来るだけの事はした。
少し経ち彼女は目を覚ました。
最初は警戒していたが、俺がまだ幼い事や、自分に施された治療の跡を見て安心したようだ。
彼女は自分に名を告げた。
『私の名前は、リーヴァ。……助けてくれてありがとう』
彼女は“空から来た”と言った。
だが当時の浜野には、それが嘘だとは思えなかった。
その後、意気投合し、色々な事を話した。
宇宙は広いという事。
様々種族があるという事。
正しい者、悪意のある者。
リーヴァの受けた傷は、彼女の仲間達が守ろうとしている本を狙う悪人達により受けた物だという。
ーーピー、ピー
「何の音だろう?」
『……帰らなきゃ』
彼女が現れた時と全く同じで、眩い光が彼女を包む。
『また来てもいい?』
『うん!また遊ぼう!約束だよ!』
彼女はニコリと笑顔になり、消えていった。
◆
それから数日経ち……
幼い浜野は発熱した。
軽い熱かと思ったが長く続いた。
原因は不明。
身体に力が入らず、息も絶え絶えになっていた。
自分はこのまま死ぬのだと、子供心に思った。
『ーーーーー!』
何かが聞こえた。
これは声だ。あの子の……
その瞬間、強烈な光が彼の身体を包み――全てが暗転した。
目を覚ました時、見知らぬ空間にいた。
無機質な銀の天井。
耳に響く電子音。
そして――目の前に立つ、彼女と同じ服装の者達。
『接触したからだ、リーヴァ、地球人には抗体が無いからな』
『リーヴァ、この子はすでに症状がかなり進んでいる。薬でも手術でも治療ポットでも治せないぞ』
『……責任は私が取ります……彼に施術を』
『それだと、人としてはもう……』
『彼は“鍵”になってもらいます、そうすれば助けられる……』
――そして、浜野の体は“半分だけ機械”になった。
『京介……ごめんね、私のせいで……ごめんなさい……』
◆
意識が戻ると、203号室の空気が冷たく変わっていた。
ノートが床で光を放っている。
そして――その真上に、揺らめくような“人影”が立っていた。
細身の身体。
銀髪が、空気もないはずの部屋でなびいている。
淡く発光するような紫の瞳が、浜野をまっすぐに見つめていた。
『――京介』
「……やはり、リーヴァ……なのか」
『“記憶”の封印が解けて来てるね……』
「お前は……なぜ、あの時……」
『……京介を選んで正解だった』
浜野の指先が震える。
「何を言ってる……?」
一瞬、リーヴァの瞳が揺れた。
『……あなたに助けられた時、宇宙空間由来のウイルスを感染させてしまったの……――救う為には、あなたに鍵を与えるしかなかったの……』
沈黙が落ちる。
誰も、言葉を出せなかった。
ただ、記録の中に眠っていた“誓い”が、静かに蘇る。
◆
『また来てもいい?』
『うん!また遊ぼう!約束だよ!』
◆
「俺は約束したんだ……」
その言葉は、浜野が彼女との再会の“約束”だった。
「リーヴァ……お前は、何者なんだ!?」
『私は宇宙に暮らす者、君の世界の言葉なら、異星人だよ。私達の目的は空白の書“リーベル・イナーニス”を手に入れる事、この星に存在する事はすでに知っている。そして、もうすぐ動き出す。……悪意によって……』
「……!」
『京介、君の中に眠る“鍵”を目覚めさせなければならない。そして、それは――“記憶”を解放する事を意味する』
そう語るリーヴァの声は、どこか悲しげだった。
『……覚悟は、ある?』
浜野は、深く息を吸った。
そして、はっきりとうなずいた。
「ああ、俺は逃げない。お前を助けた事も――お前と過ごした時間も、全部、俺の選択だった。だから……もう一度、向き合う。記憶と、記録と、お前と」
リーヴァの唇が、かすかに緩んだ。
『――明日、もう一度この部屋に来て、約束よ?』
◆
浜野の胸元のノートが、ひときわ強く輝いた。
“白紙”だったはずのその頁に、次なる記録が刻まれていく。
次回予告
第57話『記録解放:第一段階』
記憶の封印が解かれ、“鍵”としての浜野が覚醒を始める。
203号室に刻まれた“記録”は、封印されし禁書への第一の道標。
しかしその背後では、禁書を狙う“影の組織”が着実に動き始めていた――
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