第50話『ささやく夢と、目覚めの声』
空白の書編のメインストーリーになります!
ーー夜の静寂の中、修はまた同じ夢を見ていた。
深く濁った水の底のような暗闇。
そこから、言葉にならない低く細い囁きが聞こえる。
意味のない音が、彼の脳裏をゆっくりと揺らした。
けれどそれは、はっきりと掴みどころのないものだった。
やがてその囁きは薄れていき、修は眠りから覚めた。
◆
朝の部室。
結と愛菜がすでに来ていて、ノクスは愛菜の肩にちょこんと乗っている。
「また変な夢見たよ……」
修は少しうつむきながら呟いた。
「どんな?」
結が優しく聞く。
「水の底みたいな暗い場所で、言葉じゃない声が聞こえた。うまく説明できないけど、何かの名前を呼んでるような……」
「まるで屍村での事みたいね」
結先輩のいうそれは夏休みに行った、凄まじく危険な場所で、村長が村を発展させる為に、心霊スポット化、その過程で悪意の根源と呼ばれる悪魔(ノクスに愛菜経由で聞いた)を降臨させる為に村人達を永遠に苦しめ続けてきた、そんな曰く大有りな場所。
鹿羽村ってのが本来の名だ。
愛菜がノクスを見て、ふと顔を上げる。
「ノクスは……しゅーくんの背中に変な気配を感じてるみたい」
愛菜の声で、ノクスの声が伝わる。
「にゃう(気をつけてにゃ)」
修は背筋に冷たいものを感じ、振り返る。
「気のせいじゃないのか?」
「にゃう(違うにゃ。確かに何かがいる)」
結も不思議そうに修の背後を見つめた。
◆
午後。
三人と一匹は大学の図書館へ向かっていた。
修とノクスは時折立ち止まり、何かを探るように周囲を見回す。
結と愛菜はそんな二人の様子に不安そうだった。
「何が見えるの?」
愛菜が訊くと、修は少し口ごもった。
「うまく説明出来ないけど……誰かの残り香みたいなものかな。はっきりした姿じゃないけど、確かな気配がある」
図書館の奥の棚の隙間。
そこに、かすかな白い影が揺らめいていた。
修とノクスにだけ見える、それは――
白いワンピースを着た空色の髪の透明感のある少女の姿だった。
表情は乏しく、感情は読み取れない。
ただ、時折微かに微笑むような気配があった。
◆
「君は誰だ?」
修が声をかけると、影はゆっくりと形を変え、薄く震える声で答えた。
「ひより……」
ノクスは身を硬くし、警戒の目を輝かせる。
愛菜を通じて、その声が届いた。
「にゃう(こいつ普通の幽霊じゃないにゃ)」
結と愛菜にはその影は見えなかった。
ただ、修が呟いた言葉だけがその場に残った。
「これから、何かが始まる気がする」
◆
ひよりの瞳の奥には、まだ誰にも知られていない秘密が宿っている。
囁きの声は、世界のどこかでじわじわと広がっていた。
物語は、深淵の入り口で静かに動き始めたのだった。
次回予告
第51話『白い少女の秘密』
図書館で修とノクスだけが見た、ひよりの残滓。
謎めいた少女の気配は静かに動き出す。
結と愛菜には見えないその存在。
しかし、彼女の秘密が少しずつ紐解かれていく。
次回、物語はさらに深く――
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