第47話『旧校舎の扉が開く刻』
旧校舎の廊下は、時間が止まったように静まり返っていた。
薄暗い蛍光灯の下、壁に掲げられた「立入禁止」のプレートが無造作に傾いている。
その下で、誰かの手によって開けられたと思しき鉄扉が、わずかに軋んで揺れていた。
「……やっぱ、開いてるよな。鍵、壊された形跡もねぇし」
修が扉の前に立ち、そっと中を覗き込む。
空気はよどんでいる。
人が長く出入りしていなかった独特の埃と湿気の匂い。
だが、それだけではない。
「……なんか、いる」
愛菜が小さく呟き、リュックの中でノクスがピクリと動いた。
「にゃう(“気配”が残ってる。ここ、もう“始まってる”)」
静寂の中、廊下の奥から――コン……コン……と、乾いた音が響いた。
「……ノック?」
結が思わず立ち止まり、周りを見る。
音は、確かに教室の一つからだ。
誰もいないはずの旧校舎の、その奥で。
「やっぱ来たか」
修は静かに歩を進めながら、ポケットから懐中電灯を取り出す。
ノクスがそっと愛菜の肩に乗り、その瞳を細めた。
「にゃう(この音……“呼んでる”な、しゅー)」
「ノクスが言うには、呼んでるって」
「誰が、何の為に……俺達を?」
呟く修の胸に、微かにひっかかるものがあった。
この場所。どこかで見た事がある――そんな既視感。
その時。
廊下の突き当たり、ガラス窓の向こうに、誰かの影が立っていた。
ぼんやりと浮かび上がる、白い服。だが、顔までは見えない。
「おい……お前は誰だ」
修が問いかけた瞬間、影は一歩、こちらへ歩み出ようとして――
ふっと、消えた。
まるで最初から、そこには誰もいなかったかのように。
「……っ、今の……」
「見えなかったけど、いた。確かに、“誰か”が」
愛菜が不安そうに囁いた。
結も肩を強張らせながら、ふと気づく。
「ねぇ……さっきから、少しずつ、扉が開いてない?」
旧校舎の教室。誰も触れていないはずの扉が、ほんのわずかに、次々と開いていく。
音もなく、ゆっくりと。
まるで、“中に入れ”と誘うように――。
修はふっと息を呑み、目を細めた。
「これは……ただの怪奇現象じゃねぇな。俺達“狙われてる”」
「にゃう(“選ばれた”とも言えるな)」
「選ばれたってノクス言ってるよ」
誰かが、俺達を待っている。
まだ語られていない声が、名を呼び続けている――そんな気がした。
次回予告
第48話『名を呼ぶ影』
“あの時”置き去りにされた思いが、静かに満ちてゆく。 閉ざされた教室に踏み込んだ修達を迎えるのは、 名を呼ぶ声、そして――“君は誰?”という問いだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
評価(★★★★★)やブックマークで応援していただけると嬉しいです。
続きの執筆の原動力になります!




