第46話『ささやきの始まり』
夜の大学構内は、相変わらずの静寂に包まれていた。
部室の窓の外、中庭にはもう誰の姿もない。
だが、あの貼り紙――『次は、お前達だ』という不穏な警告は、掲示板に張りついている。
修は紙をじっと見つめたまま、しばらく動かなかった。
その隣で、愛菜が小さく肩を震わせている。
「……しゅーくん。さっきの影、あれって……誰かが“見てた”んだよね?」
「ああ。見てた……っていうか、睨まれてた感じだな」
修はメモをゆっくり剥がし、指先で軽くなぞった。
紙の表面には、かすかに爪痕のようなものが走っている。
「この“気配”、消えてない……向こうは、まだ近くにいる」
その瞬間――
カタ……ン
隣の教室から、何かが床に落ちる音がした。
三人は息を止める。
「……誰か、いる?」
結が小声で尋ねると、修は無言でドアに近づいた。
ノクスが愛菜のリュックの中から顔を出し、ぴくりと耳を立てる。
「にゃう(気をつけろ。こいつは……動いてる)」
修はゆっくりとドアを開けた。
廊下の向こう、旧棟に続く通路に、かすかに“声”が響いた。
……あまぎ……しゅう……
掠れた、けれど確かに“名前”を呼ぶ声。
「……今、名前……呼ばれたか?」
「誰だ……? 誰か、呼んだか?」
修が低く呟く。
風もないはずなのに、掲示板の紙がまたふわりとめくれ上がった。
その奥に――もう一枚、“別のメモ”が貼られていた。
今度は、整った筆跡で書かれている。
『声の出処を探せ。彼女はまだ、待っている』
「……彼女?」
愛菜が声を落とす。
その瞬間、ノクスの目が鋭く光る。
「にゃう(……呼んでるのは、“生きていない誰か”だ)」
修はメモを手に取った。
「分かったよ。“彼女”に話があるなら、会いに行くしかないな」
「でも……どこで?」
結の問いに答えるように、また風が吹いた。
廊下の突き当たり――旧校舎への鉄扉が、ぎい……っとゆっくり開いた。
その奥から、もう一度、声が響く。
――雨城修。君に、聞いて欲しい事があるの。
修は一歩、踏み出した。
「……よし。“呼び声”に答えてやるか」
次回予告
第47話『旧校舎の扉が開く刻』
立入禁止の教室に、ふと灯る蛍光灯。
聞こえるのは、誰もいないはずの場所からの“ノック”。
――あの声は、まだ名を呼び続けている。
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