第44話『新たな日常の扉』
新章突入です!
第三章:空白の書編
新たな力を得た修達の日常です!
大学に戻ってから、数日が経った。
真夏の午後。
セミの声が窓の外でけたたましく鳴いている。
「……なんで、夏ってこう、無意味に暑いのかな……」
修はうだるような空気の中、教室の机に突っ伏していた。
隣では、愛菜が冷えたペットボトルで頬を冷やしている。
「しゅーくん。クーラー、今日も壊れてるんだって……もう、生きた心地しないよぉ」
結が扇子をぱたぱたと仰ぎながら、苦笑いを浮かべた。
「設備管理の人も大変そうでした。三号棟のクーラーは、年中トラブルだって」
そこへ、ぽとんと音を立てて、愛菜のリュックからノクスが落ちた。
「にゃう(暑すぎて溶ける)」
「もー、勝手に出ないでよノクス……」
愛菜が小声で抗議するが、ノクスは畳にぺったりと張りついたまま動かない。
猫型妖怪にも、この猛暑は堪えるらしい。
その時だった。
「ねえ、聞いた?三階の旧教室、誰もいないのに笑い声がするんだって」
廊下を通りかかった学生の噂話が、教室の中まで届いた。
修が顔を上げる。
「……また、出たのか?」
「最近、じわじわ広まってるみたい。時間帯はいつも、放課後の四時半くらい……誰もいないのに、女の子の笑い声が聞こえるんだってさ」
愛菜が声を潜めた。
「四時半って……けっこうリアルな時間設定だね。ホントっぽい……」
「確か、その教室って、今は資料置き場になってるはずよね?」
結が指を顎に当てて思い出す。
「うん。昔は授業に使ってたけど、今は空き部屋。鍵も基本かかってる」
「でも、笑い声が“中”から聞こえるって話だよな」
修が椅子から立ち上がる。
「様子、見に行くか。“新たな日常”ってヤツは、案外こんな風に始まるんだろ」
そして夕方。
三階の廊下には、セミの鳴き声が遠くに響くだけで、人の気配はほとんどない。
件の旧教室――元3-4教室の前で、三人と一匹が立ち止まった。
「鍵、かかってない……?」
愛菜がそっとドアノブを回すと、カチャリとあっけなく開いてしまった。
中は、古びた机と椅子がいくつか置かれただけの、ほこりっぽい空間だった。
「……何も、いない?」
修が部屋を見渡す。
しかしーー
ーークスクス……
背後から、微かな笑い声が聞こえた。
振り返っても、廊下には誰もいない。
「にゃう(……ここだ。中にいるぞ)」
ノクスの目が鋭く細まる。
修が目を閉じ、心眼を開く。
すると――教室の奥。割れかけた掲示板の影に、白いワンピースを着た少女の霊が、うずくまるようにして座っていた。
その目は笑っていたが、その心は、悲しみと孤独で染まっていた。
「……あんた、笑ってるように見せかけて、泣いてるだろ」
修が一歩、踏み出した。
心眼に映るその少女は、必死に“明るく見せよう”としていた。
けれど、誰にも見えないその姿は、誰にも気付かれる事なく、今日も“笑う”事だけを繰り返していた。
「誰にも、構ってもらえなかったんだな。“明るい子”でいれば、誰かが気にしてくれるって思ってた」
少女の肩が震えた。
「でもさ、それって逆効果なんだよ。無理に笑う奴に、人は気づかない。お前が欲しかったのは、誰かと一緒にいる“普通の時間”だったんだろ?」
その瞬間、少女の笑顔が崩れ、ぽろぽろと涙がこぼれた。
修の言葉が、“真語断ち”となって届いたのだ。
「にゃう(……効いたな)」
ノクスがぽつりと呟いた。
次の瞬間、少女の姿はふっと風に溶けるように消えていった。
空気が軽くなったような気がした。
「終わったみたいね……」
結が安堵の息をつく。
「うん。……あの子、最後、ちょっと笑ってた」
愛菜が微笑んだ。
修は掲示板の前で立ち止まったまま、ぽつりと呟いた。
「無理に笑ってるやつには、誰かが“本当の言葉”をかけてやんなきゃ、ダメなんだよ」
次回予告
第45話『動き出す影』
一つの霊が消えたその夜。
研究会の掲示板に、奇妙な“手書きのメモ”が貼られていた。
「次は、お前達だ」
誰が、何の為に書いたのか。
――静かだった日常に、じわじわと“誰かの意思”が忍び寄る。
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