第37話『封印と余波』
ノクスの小さな身体が、猫の姿のまま、ゆっくりと愛菜のリュックへ戻っていった。
けれど、その動きには、いつものような軽やかさがなかった。
愛菜がそっと手を添える。
「ノクス……大丈夫?」
ノクスの赤い瞳がちらりと光り、彼女を見上げる。
「にゃう……(おれは平気だ。だが……しゅー、これは……)」
ノクスが俺を見た。
その目の奥には、どこか深い焦燥と、まだ燃え残る何かが宿っていた。
俺はスマホを握りしめたまま、封印アプリをそっと閉じる。
「……ただの怪異じゃなかった。あれは、七不思議を繋ぐ“仕掛け”だったんだ」
声が自然と硬くなる。
「全部、“あいつ”が封印を解かせる為にばら撒いたんだ。七不思議の全部が、“あの化け物”に繋がってた……」
結先輩が、俺の言葉に目を見開いた。
「つまり……七不思議を集める事で、“あの存在”が目覚めたのね……」
頷く事としか出来なかった。
無意識に、俺達は手を貸してしまったのだ――“封印を解く側”に。
「……どうするの、これから」
愛菜の声が震えていた。
ノクスを抱きしめたまま、不安を隠せずにいる。
俺はゆっくりと立ち上がり、空を見上げる。夜が、ようやく明けかけていた。
「ばあちゃんに会いに行こう。……あの人なら、何か知ってるかもしれない」
結先輩も頷いた。
「雨城君のお祖母様なら、きっと」
こうして俺達は、朝焼けの中を急ぎ足で向かった。
元祓い師であるばあちゃんの元へ。
◆
到着した古民家は、いつものようにひっそりとしていた。
けれど玄関を開けた瞬間、空気が違っていた。
ばあちゃんはもう立っていた。
まるで、俺達が来るのを知っていたかのように。
「……根源が目覚めたか」
雨城 悠月それがばあちゃんの名前だ。
静かな声だった。
けれど、その背中には、圧倒的な霊力の気配が漂っていた。
「七つ、封じてあった“鍵”を……解いてしまったのじゃな」
俺はうつむきながら、答えた。
「……俺の力じゃ、止められなかった。……だから、教えてほしい。もっと強くなる為に。俺が封じ直す為に」
ばあちゃんの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
「ようやく言ったな。その言葉を、ずっと待っていた」
そして背を向け、奥の座敷へ歩き出す。
「ついてこい。今から“鍛え直し”だ。霊力の扱いも、術式も。お前に出来る事は、まだ山ほどある」
ノクスが、俺の足元に並ぶように座った。
赤い瞳は、静かに燃えていた。
「にゃう……(次は、絶対に逃がさねぇ)」
俺は大きく息を吸って、ばあちゃんの背中を追った。
こうして、戦いの幕は――改めて、静かに上がった。
【次回予告】
第38話『霊力の鍛錬』
ばあちゃんの元で始まる、修の本格修行。
迫り来る“根源の余波”に備え、ノクスもまた静かに力を蓄える。
ただのオカルトオタクでは終われない――それが、“選ばれた者”の宿命。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
評価(★★★★★)やブックマークで応援していただけると嬉しいです。
続きの執筆の原動力になります!




