第36話『ノクスの咆哮』
2025/09/05 文章追加
黒い炎が、教室の天井を舐めるように広がっていく。
Nom-Creva――“喰らうもの”。
その存在が放つ瘴気は、空気を腐らせ、床に歪みを生じさせていた。
結先輩が隣でよろめく。
「……ッ、立ってるだけで……意識が削られる……!」
「愛菜、下がれ!」
俺は彼女の手を引いて後ろへ下がると、自分の身体を前へと押し出す。
「ノクス! 時間を稼げ!」
ノクスは無言で、黒い影の前へと跳び出した。
足元の空間を蹴り、宙に浮かぶ。
「にゃう!(ここは……おれが喰らう!!)」
その身体から、真っ黒な火のようなオーラが立ち上がる。
まるで、影そのものが燃えているようだった。
Nom-Crevaの巨大な腕が振り上がり、ノクスを狙って振り下ろされる――
ドガァッ!!
ノクスは空中で身をひるがえし、鋭い爪で腕を裂く。
その瞬間、異様な悲鳴が空間を満たした。
「グ、アアアア……ッ」
“音”ではない。“呻き”でもない。
ただ、人の神経を直接締めつけるような“ノイズ”。
耳を塞いでも意味はなかった。思考そのものが軋んでいく。
「くっ……!」
俺はアプリを立ち上げる。次の手段を――封印術式の起動。
でも、震える手が操作を阻む。頭が、回らない。
その時だった。
ノクスがNom-Crevaの“核”に飛びかかり、その身に飲み込むように捕らえた。
喰らった直後、ノクスの姿が一瞬だけ人の影を帯びた。
四肢がわずかに伸び、背中にかすかな翅のような影が揺れた。
だがすぐにふわりと縮み、いつもの小さな猫の姿に戻った。
「ノ、ノクス……?」
愛菜が、思わずその名前を呟いた。
その声には、いつもと違うものが宿っていた。
恐怖――ではなく、畏れ。
ノクスが地を蹴った。
黒炎を纏って、Nom-Crevaに突進する。
火花が散り、闇と闇がぶつかり合うような衝撃が広がった。
修は見た。
ノクスの爪が、Nom-Crevaの“顔”らしき部位に食い込んでいくのを。
「にゃうぅぅぅぅうっ!!」
その瞬間、黒炎が爆発する。
光が逆流し、闇が火花のように飛び散る。
Nom-Crevaの影が、ぐにゃりと揺らぎ――一瞬、その動きを止めた。
「っ……今だ!!」
俺は最後の一撃を込めて、アプリを起動させる。
ばあちゃんの技術に、自分の意志を乗せて。
ーー封印術式、解放。
ノクスの咆哮と、俺の術が、Nom-Crevaを押し返した。
だが――
Nom-Crevaは消えてなどいない。
その断末魔は、消える気配もなく、むしろ内側へと吸い込まれていくようだった。
ノクスが走る。
全力でNom-Crevaの核に食らいついた。
「ノ、ノクス……!?」
愛菜が駆け寄る。
ノクスは、修の足元にふらりと落ちる。
その身体は、小さく震えていた。
「にゃ……う……(食った……けど……全部は……無理……)」
その言葉の最後は、かすれていた。
Nom-Crevaの“核”――その悪意の根源だけを、ノクスは喰らう事で自分の中に封じた。
代償として――何かが、変わってしまった。
瞳が緑色から深紅の、血のような赤色になる。
俺の封印術では残った残滓くらいしか、封印出来なかった……
奴の一部は逃げたようだ……
俺は自分の力不足を実感した……
こんな時ばあちゃんなら、どう言うかな……
【次回予告】
第37話『封印と余波』
八つ目の不思議は、終わってなどいなかった。
Nom-Crevaの“核”をその身に封じたノクス。
代償を抱えたまま、修達は、ばあちゃんのもとを訪れる。
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