第35話『八つ目の不思議:封じられた教室』
「……おい、これ……」
俺はスマホの画面を見つめていた。
【“八つ目”が、開かれました。】
意味が分からなかった。
けれど、次の瞬間。
背後の扉から――カチリ、と鍵が開く音が響いた。
「う、うそ……今、勝手に開いた……!?」
愛菜が振り返る。
さっきまでびくともしなかったトイレの扉が、今は開いている。
試しに押してみたが、まるで重りでもかけられたかのように微動だにしない。
「しゅーくん、見て。これ……」
愛菜が差し出したスマホには、七不思議マップが表示されていた。
七つの✕印――踊る階段、深夜の放送、水のない水槽、消えた図書館のイス、体育館の笛、コンピューター室の“次はお前だ”、女子トイレの集会場。
それらの印が淡く赤く点滅していた。
……だが、もう一つ。
マップの中心点――今まで空白だった場所に、新たな✕印が浮かび上がっていた。
「……ここって……このフロアの西端通路の突き当たり……?」
結先輩が画面を指差す。
「資料にも載ってなかった……非常階段の奥。普段使われてないエリアだわ」
「じゃあ……そこが“八つ目”って事か……?」
俺は深く息を吸い込む。
「……行ってみよう」
誰も止めようとはしなかった。
◆
西端通路は暗く、床に薄く埃が積もっていた。
突き当たりには、使われていないロッカーと掲示板。
そして、その奥に――目立たぬ鉄扉が、ひっそりと存在していた。
「ここが……七不思議マップの中心点」
俺の呟きに、ノクスが肩から飛び降りる。
「にゃう……(間違いない。ここが“第八”の場所だ)」
俺は静かに扉に手をかけた。
そして――押し開ける。
◆
その中は、“教室”のようで、“教室”ではなかった。
机と椅子は並んでいるが、どれも古び、歪み、脚が欠けていた。
壁はひび割れ、天井は異様に高く、窓は黒く塗り潰されている。
黒板の上には、チョークではなく爪で削ったような文字が刻まれていた。
《ここに在り、ここに非ず》
最後列の右端の席――
そこに、“何か”が座っていた。
黒い制服。
うつむいた姿勢。
まるで彫像のように動かない。
……だが、確かに“気配”があった。
「――来たか」
声が、脳の奥に直接響く。
誰も口を開いていないのに、確かに全員が聞いた。
「……また、“若いの”が来るとはな。まったく……あの時のユヅキと、似ている……」
「――!」
その名を聞いた瞬間、俺は目を見開いた。
「ばあちゃんの……名前……?」
その姿がゆっくりと顔を上げる。
目は深い闇のように沈んでいたが――一瞬だけ、“人間”の面影が残っていた。
「俺達は……止めたと思っていた。だが、封印は脆かった……“根源”の目は、閉じてなどいなかった……」
彼がそう呟いた瞬間、黒板が――裂けた。
ギィィィ……
黒い空間が開き、そこからにゅるりと這い出す黒い腕。
「にゃう……(この気配、大悪魔の類……いや、それ以上……)」
机が倒れ、壁が波打ち、空気が歪んだ。
「Nom-Creva(ノム=クレヴァ)――悪意を喰らい、穢れた魂を喰らい、あらゆる“不浄”を喰らうもの。名は要らぬ。形は意味をなさぬ。ただ、在り続けるだけ――“根源”として。喜べ――私は、今、見ている」
黒い影が天井まで伸び、空気が凍りつく。
「くっ……!」
俺は咄嗟にスマホのアプリを起動させた。
ばあちゃんから教わった“霊力増幅と封印のサポート”アプリ。
画面に指を走らせる。
「これで……抑えられれば……!」
次々に術式のアイコンを選び、力を解放する。
だが、Nom-Crevaは強大だった。
“黒い腕”は俺の前に振り下ろされ、俺は耐えきれずに吹き飛ばされた。
「しゅ……くっ……!」
倒れながらも立ち上がる。
「くっ……俺の力じゃ……ここまでは……」
危険が愛菜達に及ぼそうとした瞬間――
「危ない、離れろ!」
俺の叫びに、ノクスが低く唸りながら、その場から消えた。
俺の視界の端で、黒い炎が蠢き始める。
「にゃう……(これは……やるしかないか……)」
次回予告
第36話『ノクスの咆哮』
悪魔“Nom-Creva”の封印が解け、強大な力が暴れ出す。
修は必死に応戦するが、絶体絶命のピンチに――。
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