第33話『七不思議⑦:花子さんの集会場(中編)』
「……あ・ま・ぎ、く・ん」
その声は確かに、俺の名前を呼んだ。
だけど、それは俺が知っている声じゃない。
まるで、誰かの口真似。
薄っぺらで、感情のない、“真似しただけの声”だった。
「なりに、きたんでしょう?」
花子さん達が、ぬるりと笑う。
その顔が――どんどん、俺達に似てきていた。
「しゅーくん……顔……!」
愛菜が、恐怖に染まった声で叫ぶ。
懐中電灯を向けると、一番前の花子さんの顔が、
ほんの少し――俺に似ていた。
輪郭、肌色、口元の癖。
俺を“写して”きている。
「こいつら……誰かを“写して”、なりかわるつもりだ……」
俺が言った瞬間、背後で結先輩が小さく叫んだ。
「やめてっ!」
結先輩の足元に、何かが絡みついていた。
トイレの個室から伸びた、長い髪の束。
それはまるで生きているように、彼女の足首を捕らえ、床へと引きずろうとしていた。
「結先輩っ!」
駆け寄って、その髪を振り払おうと手を伸ばす――が、指先が触れると、ずるりと手に巻きついた。
髪の感触じゃない。ぬるりと冷たく、皮膚のような何か。
それは――“人の頭皮”に、近かった。
「にゃ、にゃう!(やばい!引きずられる!)」
ノクスが小さく叫ぶ。
愛菜が咄嗟に結先輩の腕を引っ張り、俺もその腰を支えた。
――ズル……ズル……
髪は床に溶けるように伸び、背後の個室に引き込もうとする。
「“代わり”がいれば、出られるの」
「“代わり”がいれば、自由になれるの」
「私達、ずっと待ってた」
「七つ、揃うのを」
声が増えていく。
後ろ、横、上――どこからでも、同じ声が響く。
まるで、トイレそのものが、意思を持ち始めているかのようだった。
結先輩の足が、半分まで個室の中へと吸い込まれていく。
その時。
パリン!
誰かが、鏡を割った。
愛菜だった。
彼女は持っていた予備の懐中電灯を、壁に叩きつけて鏡を割った。
「“映すもの”がなければ、写せないでしょ!!」
叫んだ彼女の目は、本気だった。
その瞬間――
結先輩を引きずっていた髪が、ビクンッと震え、溶けるように引いていった。
「……っは……あ、ありがとう……」
結先輩が息を荒げながら、俺の腕を握る。
花子さん達が、動きを止めていた。
いや――動きが、再構成されている。
彼女達は、再び“同じ顔”へと戻り始めた。
「鏡か……そうか、あいつら、“姿を写すもの”を通して模倣してたんだ……!」
だけど、安堵は一瞬だった。
花子さんの一人が、次に、愛菜の名前を呼んだ。
「き・み・ど・り、あ・い・な」
今度は、ぴったり同じ声だった。
口調も、言い回しも、まるでコピー。
愛菜がその場で固まる。
「な、なんで……ボクの声……」
俺の背筋が、冷たく凍る。
“彼女達は、鏡がなくても――すでに“見ていた”のかもしれない”。
ノクスが、愛菜の首筋にぴたりと張りつくように乗った。
「にゃう……(耳をふさげ。聞くな)」
だがもう遅い。
花子さんの列の中から、一体が、愛菜とまったく同じ声で、言葉を発した。
「ボク、かわってあげるよ」
それは、確かに愛菜の声だった。
愛菜自身でさえ、否定できないほどに――完璧な“模倣”。
その瞬間、トイレの奥から――誰かの足音が響いた。
コツン、コツン、コツン……
それは、ハイヒールのような硬い音だった。
個室の一番奥の扉が、ゆっくりと――
開いた。
次回予告
第34話『七不思議⑦:花子さんの集会場(後編)』
最奥から現れたのは、すべての花子さんを束ねる“最初の彼女”。
鏡を割っても、声を封じても――終わらない“なりかわり”の連鎖。
選ばれるのは誰か。そして、“代わらない”為に必要な条件とは――。
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