第32話『七不思議⑦:花子さんの集会場(前編)』
夜の旧校舎は、昼間とはまるで別物だった。
錆びついた鉄の扉がギシリと軋み、薄暗い廊下の先に、使われなくなった女子トイレがひっそりと佇んでいる。
俺達は息を潜めて、その入り口に近づいた。
結先輩はいつものメモ帳をしっかりと握りしめ、愛菜はリュックを背負い、ノクスは彼女の肩の上で耳をぴくりと動かしている。
空気が異様に冷たく、吐いた息が白く染まる。
「ここが、七つ目……」
結先輩が目の前の扉を見つめ、そう呟いた。
「花子さんの“集会場”って……名前だけでもう、ボク帰りたい……」
「俺も。でも、あの地図の✕がある場所、そしてその中心の空白、全部揃った時に“何か”が起きるかもよ?やっぱ見たいじゃん?何が起きるかさ!」
「しゅーくんどんだけー!」
その時、ノクスがごく小さく唸った。
「にゃう(始まってる)」
愛菜が息を呑み、姿勢を正す。
「ノクスが、“もう始まってる”って……」
俺達は顔を見合わせた。
そして、誰も何も言わず、扉を開いた。
――ギィィィ。
蝶番が悲鳴のような音を立て、内側の闇がゆっくりと広がっていく。
懐中電灯の明かりが、洗面台と割れた鏡を照らした。
タイル張りの床には、濡れた足跡が点々と続いている。
「……この足跡、洗面台から向かってる」
愛菜の声が、かすかに揺れていた。
十以上の個室が並ぶ異様な空間。
どれも古びていて、いくつかの扉は中途半端に開いている。
照らしても、中は真っ暗だ。
コン……コン……
何かを叩くような音が、遠くから響いた。
そのリズムは一定で、乾いていて、どこか機械的だった。
コン……コン……
「……あの音、こっちに来てない?」
結先輩の声が低くなる。
その瞬間、奥の個室の一つが――ガタンッ!と揺れた。
俺達全員が動きを止める。
扉が、ゆっくりと開く。
そこから、白い脚がにゅっと伸び、床を這うように何かが出てきた。
スカート。
長い黒髪。制服の上着。
女の子――だ。
でも、顔は見えない。
髪が張りついたまま、動かない。
「花子さん……?」
愛菜が絞り出すように呟いた。
その瞬間だった。
他の個室の扉が、次々に同時に開いた。
バンッ、バンッ、バンッ――
それぞれから、同じ姿の“彼女”が出てくる。
スカート、髪、制服――全部、同じ。
「……なんで、何人も……」
結先輩の手が震えていた。
花子さん達は何も言わない。
ただ、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
そして――いっせいに、笑った。
その笑みは、人間の笑顔とは違った。
口角だけが、引きつったように吊り上がっている。
「私達の代わり、来た」
声が、同時に響いた。
重なっていない。
まるで一人の声を、何体もの口が発しているような、狂った合唱。
「代わり……?」
愛菜が一歩、下がる。
「“なって”。ここに、なって」
「だれでも、いいの。出たいから」
「あなたたちが来たから、もう、いいの」
「さあ、“かわって”。」
視界の端で、ノクスが小さく身を縮めた。
俺は無意識に、後ろを振り返る。
――扉が、閉まっていた。
しかも、外側から鍵がかかっている。
「……閉じ込められた……?」
その言葉が出た瞬間、花子さん達が、ずるずると床を這いながら距離を詰めてくる。
「逃げられないよ」
「ここで、ずっと、一緒にいて」
「みんなで、いれば、こわくない」
「私たちも、最初は、呼ばれただけだったの」
声の意味を、ようやく理解する。
ここにいる“花子さん達”は――
かつて、誰かが“呼んだ”者達だった。
そしてその後、誰かが代わりになってしまった。
だから、増えた。
繰り返される“なりかわり”。
この場所は、“怪談”の発信源なんかじゃない。
引き継ぎの場だ。
「やだ……いやだ……」
愛菜が首を振る。
「ボク、なりたくない……」
その時、花子さんの一人が、こちらの名前を呼んだ。
「……あ・ま・ぎ、く・ん」
耳元で囁くように。
俺の喉が、音を立てて鳴った。
次回予告
第33話『七不思議⑦:花子さんの集会場(中編)』
“代わり”とは何か。“名前を呼ばれた”意味とは。
花子さん達が見ている“出口”の先にあるものとは――
選ばれるのは、誰だ。
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