第27話『七不思議⑤:体育館に鳴り響く笛の音(前編)』
夕暮れの大学構内に、乾いた笛の音が響いた。
“ピー”
それは、確かに誰かが吹いたような、はっきりとした音だった。
「……今の、聞こえた?」
俺がそう呟くと、隣で愛菜が小さく跳ねる。
「や、やっぱり!? ボクの空耳じゃなかったんだ……! 絶対誰か吹いてたよ、しゅーくん!」
彼女のリュックがもぞもぞと動き、中からノクスの声が漏れた。
「にゃう(悪霊の呼び声だ。音で引き寄せてる)」
視線を音の方へ向けると、夕暮れに沈んだ体育館の姿があった。
古びた屋根に覆われたその建物は、周囲と違う時間を生きているような不気味さを漂わせていた。
「結先輩まだ来てないよね? まさか、先に突っ込んだとか……」
「や、やめて! それ死亡フラグってやつだよぉ!」
俺はポケットからスマホを取り出し、あらかじめ保存しておいた七不思議マップを開いた。
画面の中。
大学構内の簡易地図には、いくつかのマークが記されている。
――その内の一つ、体育館の中央に真っ赤な✕印が刻まれていた。
今回で五か所目になる。
「……わかりやすっ。ホラー映画だったら真っ先に避けるべきポイントだな、ここ」
画面をスクロールしながら、七不思議の記述を読む。
『誰もいないはずの体育館で、放課後になると笛の音が響く。音に誘われて入った者は、“コーチ”に選ばれ、最後の練習を繰り返す事になる』
「……“最後の練習”ってなんだよ。定年後か?」
「しゅーくん、そういうボケいらないからね!? 空元気だよね!? ボク知ってるよ!?」
「にゃう(コーチに選ばれるってのが、すでにフラグだな)」
ノクスがリュックの口からひょこっと顔を出す。
「にゃう(音に反応した者の中から、霊が“適応者”を選ぶ。そして、“練習”を始める)」
「選ばれたら……どうなるの?」
「にゃう(終わるまで、出られない)」
愛菜がガクガクと震えた。
「ううう、帰ろう!? 今からでも間に合うって! ね、しゅーくん、ラーメン食べに行こっ!」
「いや、先に終わらせてからにしよう。あとで怒鳴られるの嫌だからな」
「誰に怒鳴られるの!?」
「……たぶん、幽霊部長」
ふと見ると、体育館の扉が半開きになっていた。
鍵はかかっていない。
誘われているようにさえ思える。
「行くぞ。選ばれたら選ばれたで、煽って帰ってくるだけだ」
「そんなノリで行かないでえええええ!!」
愛菜が泣きそうな顔でついてくる。
ノクスはしっぽを立て、すでに戦闘態勢だ。
体育館の中に入ると、冷たい空気が肌を撫でた。
広いコートには誰の姿もない。
――と、思ったその時。
“ピー”
もう一度、あの音が鳴った。
それと同時に、体育館中央に、白いジャージ姿の“何か”が立っていた。
まっすぐに前を向いたまま動かないその背中は、まるで生徒達を待つ“コーチ”のようだった。
「にゃう(始まったぞ。あれがコーチだ)」
笛を口に咥えるように、顔の中央には黒い穴が空いていた。
目鼻のない顔。
そこに“音を出すための器官”だけが存在していた。
「……ホイッスルヘッドかよ。なかなかセンスないか?」
「しゅーくん、今そんな事言ってる場合じゃないからあああ!」
「にゃう(ルールに従え。従わなければ、怒るぞ)」
体育館の扉がバン!と閉じた。
「うわああああ!? 閉じ込められたああああ!」
「ふふっ……練習開始の時間か。体育の成績、2だった男の本気を見せてやる」
俺はジャージのポケットから、シャトルランのテスト表を取り出す。
「今日の俺は、全力でサボるぜ」
次回予告
第28話『七不思議⑤:体育館に鳴り響く笛の音(後編)』
招かれざる“選手”となった修達に課せられた、終わらない練習。
鳴り響く笛の音、立ち尽くす“コーチ”、動き出す亡霊の部員達。
最後の一人を求める声が、静かに忍び寄る――。
これは逃げられない授業。出席すれば、最期まで。
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