第26話『七不思議④:消えた学生の足跡』
床に残された――たった一つの足跡に、全員が言葉を失う。
「ここ……今日、ワックスがけされたばっかりだよね?」
愛菜が低く呟く。
光を反射する床には、他に何の痕跡もない。
それなのに、その足跡だけは不自然なほどくっきりと残っていた。
「沈み込んでる……体重をかけて、しばらく“立ってた”跡だわ」
結先輩がしゃがみ込み、床を指先でなぞる。
確かに、そこだけ時間が止まっているような錯覚を覚える。
「……藤田さん、戻ってきかけたのか?」
俺がそう呟いたとき、ふと視界が揺れた。
時間が、ぐにゃりと“曲がる”ような感覚。
まぶたを開けた瞬間――誰もいない図書室が広がっていた。
「……あれ?」
さっきまで隣にいたはずの愛菜も結先輩も、姿が見えない。
気配が、音が、空気が――全部“どこか”にズレている。
「にゃう(悪いな、これは……切り離されたぞ)」
ノクスの声が何を話しているのか、その意味が分かる……
「……どういう事だよ」
「にゃう(同じ空間に見えて、“ずれた世界”に入りかけてる。あの足跡が、境界だったんだ)」
俺は思わず足元を見た。
――さっきの足跡の、真上に立っていた。
「ふざけんな……俺も連れてかれかけてんのか?」
急いで一歩、後ろへ下がる。
瞬間――
「しゅーくん!? どこ行ってたの!?」
愛菜の声が響き、視界が“元に戻る”。
俺は息を呑んだ。
たった数秒。
いや、もしかすると“数時間”が経っていたのかもしれない。
だが俺には、それがまったく分からなかった。
「さっき……俺、一瞬、誰もいない場所にいた気がする」
愛菜と結が、顔を見合わせる。
「ボクらには見えてなかったけど……一歩、足跡に踏み込んだ時、しゅーくん、ピタッと動かなくなってた」
「まるで、そこだけ時間が凍ってたみたいだった」
まさかと思いつつ、もう一度足跡を見下ろす。
すると、その中心に――小さな“紙片”が落ちていた。
床と同じ色に擬態するような白い紙に、細いペンの文字が書かれていた。
『こちらへ来てはいけない、逃げろ』
「……何だ、これ」
俺は無意識に背筋を伸ばした。
何かが、見えない形で、そこにいる。
あの椅子に“座った者”の記憶が、まだこの場所に滲んでいる。
「にゃう(気配が無くなった、次に行った方がいいぞ?)」
“こちら”ではノクスが何を話しているのかは分からないが、かなりのイケオジボイスだったな……中◯譲治さんみたいな……
次回予告
第27話『七不思議⑤:体育館に鳴り響く笛の音』
放課後の体育館に響く、笛の音。
誰も吹いていないはずの笛は、何かを呼んでいる。
一歩踏み入れれば――そこには、姿なき“コーチ”が待っていた。
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