第25話『七不思議④:消えた椅子の謎』
図書室で椅子が宙に浮かび、ゆっくりと消えていった瞬間から、俺達の生活はどこか微妙に変わり始めた。
空気は重く、学内の静けさがひどく耳につく。
まるで、大学そのものが何かを隠しているようだった。
「やっぱり、座ってた学生は……どこかに連れていかれたのかな?」
結先輩がぽつりと呟く。
彼女の声には、現実味のない恐怖を無理に言語化しようとする戸惑いが滲んでいた。
「そう簡単に断定はできないけど……ありえると思う」
俺は静かに言った。
「まずは、あの椅子に“最後に座ってた学生”が誰だったのかを調べよう」
翌日、俺達は学生課を訪れた。
職員の女性は最初、困惑した顔をしていたが、「図書室で長時間勉強していた学生で、最近来ていない人はいませんか?」と尋ねると、少し調べてくれた。
「藤田悠真さん……ですね。20歳、文学部の男子学生。ここ数日は出席もなく、連絡も取れない状態のようです」
「藤田……藤田悠真?」
結先輩が首を傾げる。
「スポーツ推薦で入ってたって聞いたことある。確か、サッカー部だったわよね」
「そうそう! ボク、講義で何回か隣の席になった事ある!」
愛菜が目を丸くして口を開いた。
「優しくて、ノートとかよく見せてくれた。……そんな人が、いきなりいなくなるなんて」
「記憶が曖昧になってる気がする……何かに忘れさせられたような……」
愛菜の呟きに、俺達は静かにうなずいた。
「今の所、失踪届も正式には出ていないみたいです」
学生課の職員が肩をすくめる。
「本人不在では何も出来ないですし……こうして大学から“消えていく”学生は、意外と珍しくないですよ」
俺達は言葉を失った。
「この椅子の怪異も、単独じゃないって事だ」
結先輩が静かに言う。
「七不思議……怖いね……」
「ですね……」
その夜、俺達は再び図書室を訪れた。
あの席。
昨日とまったく同じ椅子が、まるで何事もなかったかのように佇んでいる。
「……静かすぎる」
俺が小さくつぶやくと、ノクスが背中を丸めた。
「にゃう(今日はまだ起きてないみたいだな)」
結先輩がぴくりと反応する。
「今、何か……空気が揺れたような」
「また“始まる”前兆かもね」
愛菜が低く呟き、俺達は椅子を囲むようにして慎重に周囲を見渡した。
その時、俺は椅子の下に落ちている紙くずのようなものを見つけた。
それは、大学指定のノートの切れ端だった。
“眠ってしまった。気がついたら白い部屋にいた。音がしない。声も届かない。
でも、椅子はずっとそこにあった。次に来るのは、君だ。”
「これ……藤田さんの字じゃないかな」
愛菜が震える声で言う。
そして――ギィ……ギギィ……
椅子が、音を立てて微かに揺れ始めた。
誰も触れていないはずなのに。
「来たわ」
結先輩の声が低くなる。
椅子はゆっくりと床から浮かび上がり、薄暗い書架の隙間へと吸い込まれていった。
そして、その床に――靴跡が一つだけ残っていた。
まるで、誰かがそこに“立っていた”かのように。
「にゃう(あいつはまだそこにいる。“出られないまま”、ずっと)」
ノクスの声が、闇の奥へと沈んでいった。
俺達は誰も、言葉を発せなかった。
次回予告
第26話『七不思議④:消えた学生の足跡』
誰もいないはずの図書室に残された、一対の足跡。
その先に続いていたのは、忘れ去られた通路への“入り口”だった――。
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