第21話『七不思議①:踊る階段』
旧校舎の北端にある、螺旋状のコンクリート階段。
俺達は、地図に記された最初の「×」印の場所に立っていた。
午後三時五十五分。
窓から差し込む光は弱く、廊下の空気はどこか重たい。
「……ここだな。“踊る階段”って奴」
俺が呟くと、愛菜がさっとメモ帳を開く。
「午後四時になると階段が勝手に動き出す!上っても下っても、元の場所に戻ってくるってやつだね」
「にゃう(そんな造り、物理的におかしいだろ)」
ノクスが階段を睨みながら、愛菜の肩で尻尾を揺らした。
「そんなの、本当にあり得るのかしら……?」
結先輩が、階段を一歩離れて見上げる。
段差は均一で、古い以外は特に変わった様子もない。
それでも、どこか“見られている”ような感覚が離れない。
俺達は階段の下段に腰を下ろし、時計の針が四時を指すのを待った。
静けさが、不気味なくらい耳に染みる。
「……緊張してきたかも」
結が小声でつぶやいた。
「にゃう(ビビるなら、今のうちに帰っとけよ)」
「……今、なんかノクスが悪口言ったような気がするのは私だけ?」
結先輩がノクスに目を細める。
「にゃう(……感じる力、意外とあるのかもな)」
「ノクス。顔がもう悪さしてるよ」
愛菜が苦笑して、ノクスの額を小突く。
そんなやり取りも束の間だった。
午後四時。時計の針が、真上を指した瞬間。
コツ……コツ……
誰もいないはずの階段下から、足音が響いた。
乾いた、妙に軽い音。
それは、誰かが階段を一段ずつ上ってくるような音だった。
「……!」
俺は反射的に立ち上がる。
階段の下に視線を向ける。
だが、そこには何もいない。
足音だけが、確かに響いていた。
「しゅーくん、今の……」
「聞こえた。来てる……」
ノクスが、愛菜の肩の上で背を丸める。
「にゃう(視るな。姿を捉えたら、持っていかれる)」
その言葉と同時に、ギィ……ッと一段が沈む音が響いた。
目に見える異常はない。
けれど、空間の“中身”がずれたような感覚が襲ってくる。
そして、何かが俺のすぐ横を――通り過ぎた。
「っ……!」
心臓が跳ねる。
ポケットに手を突っ込む。
……ない。
いつも持ち歩いていた、ばあちゃんからもらったお守りが、消えていた。
「っ、消えた……」
「え?」
「ばあちゃんのお守りが……どんな形だったかも、思い出せない」
「にゃう(“取られた”な。あいつはそういう仕組みなんだ)」
何をどう説明すればいいかわからない。
でも確かに、何かが俺の一部を“持っていった”。
結先輩が不安そうに問いかける。
「雨城君……さっき、何が起きたんです?」
俺は言葉に詰まる。
説明出来るはずなのに、口にすると全部曖昧になりそうで――怖かった。
「……通り過ぎたんだ。何かが。“何か”ってしか言えないけど、間違いなくいた」
愛菜がメモ帳をそっと閉じる。
「階段の音、確かに聞こえた。けど、何もいなかった……」
静かに、階段が沈黙を取り戻していく。
最初から、何もなかったかのように。
けれど――俺達は、もう戻れない。
「結局、踊る階段とか、勝手に動くとか無かったな、人の噂なんてそんなもんなのかもな……期待してたのに!」
残念過ぎる!
本気で残念がる修をジト目で見る結と愛菜であった。
「にゃう(これで一つ目。次は……どこだ)」
次回予告
第22話『七不思議②:深夜の放送室』
深夜零時、校内に鳴るはずのない“放送”が流れる。
だがスピーカーから聞こえるのは、音ではなく――“声の気配”。
誰が、誰に向かって、何を伝えているのか?
次なる印は、放送室に記されていた。
誰もいないはずの階段に、聞こえる足音。
上っても、下っても、元の場所に戻ってくる――
それが最初の“噂”だった。
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