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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜  作者: 兎深みどり
第一章:幽霊のいる日常編
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第19話『夏休みの予定』

この話は夏休み特別編への最初の一歩です

夏休みオカ研の面々は一体どこに行くのか……

 陽炎の立つアスファルトの上を、じりじりと太陽が焼いていた。


 七月の終わり。

 セミの大合唱が耳の奥まで突き刺さり、空は容赦なく青く、雲一つない。

 体感温度は体内まで蒸し焼きにしてくるようで、呼吸すら湿っぽく重たい。


 そんな灼熱の世界から、ほんの少し逃げ込んだのが――この部室だった。


 大学の古びた校舎の一角にある、オカルト研究同好会、通称「オカ研」の部室。プレハブのような狭い空間には、年季の入った長机と座布団代わりのクッション、そして頼りない扇風機が一台、うなるような音を立てて回っている。


 が、その風は熱風と変わらず、むしろ空気をかき回して体感温度を上げているだけだった。


「……あつぅ〜〜〜……」


 机に突っ伏すように寝そべったのは、君鳥愛菜。

 緑がかった黒髪のショートボブ、とろりと眠気を帯びている。


 その背中には、ぺたんと小さな黒猫が乗っていた。――いや、厳密には猫ではない。

 愛菜が飼っている猫型妖怪、ノクス。喋る事も出来るが、その声が人の言葉として聞こえるのは、愛菜ただ一人だった。


「にゃう(地獄の温度だな)」


 ノクスがそうつぶやき、体の下のシャツをじわりと濡らす。


「ボクもそう思う……なんかもう、溶けそう……」


 愛菜が背伸びするように身体をくねらせた。

 ノクスが文句を言うように、尻尾でぺしりと彼女の肩を叩く。


「いや、妖怪が溶けたらシャレになんねぇだろ」


 ペットボトルの水を口に含んでいた雨城修が、ちょうどタイミングよくそう返した。

 オカ研のメンバーであり、筋金入りの幽霊オタク。

 うだるような暑さの中でも、黒いTシャツとジーンズ姿のまま、扇風機の前を陣取っている。


「しゅーくん、それ言う?」


 愛菜が苦笑しながら眼鏡をずらす。

 ノクスはというと、丸くなった体勢のまま目を細めていた。


「……でも、なんでエアコン壊れたままなんだろ」


 ぼそっとこぼしたのは部長の黒咲結。

 長い黒髪を軽く結い、首筋に汗を浮かべながら、黒縁眼鏡クイッとし、団扇で弱々しく風を送っていた。


「この前、総務に聞いてみたんだけどね。『予算の関係で修理は来月以降です』って言われた」


「オカ研には無理だろ。活動費ゼロだぞ?」


 修が淡々と答えると、愛菜が更に机に沈み込んだ。


「夢がないよ……この部室、夢も冷房もないよぉ……」


「いや、冷房はともかく“夢”はあるだろ。ちゃんと幽霊に会いたいっていう」


「それは“夢”っていうより、“業”じゃない?」


 結がふっと微笑んで言った。

 暑さの中でもその笑顔は柔らかく、どこか日差しを和らげてくれるようだった。


 室内には、しばしゆるい沈黙が流れる。

 汗をかくでもなく、かいたまま動かず、ただ時間が止まったように。


 そんな中、修がふと思い出したように口を開いた。


「そういや、先生は?」


「先生?」


「浜野。最近顔出してないな」


「ああ……先生、来週から実家に帰省するって言ってたよ、その準備じゃないかな?」


 結がうちわを止めて、扇風機の風に髪をなびかせながら答える。


「やっぱお盆で?」


「うん。おばあちゃんに会いに行くって」


「意外と律儀なんだな。あの人」


「にゃう(あの山の方……空気がよどんでる)」


「……ノクスが“空気が変だった”って」


 愛菜がリュックを開けてノクスの頭を撫でる。

 彼は耳をぴくりと揺らし、部室の奥に視線を向けたままだ。


「また心霊スポットか?先生の実家って山の方だったよな」


「確か……昔“裏山に古い祠がある”って言ってたかも」


「それ、もうフラグでしかない……」


「“絶対に近づいちゃいけない井戸”とか、“夜な夜な鳴る太鼓”とか?」


「にゃんっ(本当にやばいのはそういうとこにいるんだぞ!)」


「うんうん、ノクスが『フラグ立てんな』って」


 修は笑った。


「いいねー。夏っぽくなってきたじゃん」


「えっ……嫌な方向に夏を感じてる……」


 愛菜が顔をしかめる横で、結が控えめに手を挙げる。


「そういえば……皆、夏休みの予定って、決まってますか?」


「俺はノープランだな。暇つぶしにホラー映画漁るくらい」


「ボクも、お盆に実家帰る以外は予定ないよ」


「私は……おばあちゃんの家に少し顔を出す予定くらいかな、お母さんのお墓にも行きたいけどね」


「つまり……全員ヒマって事だな」


「えっ?そうなる?」


 修は椅子を軋ませて立ち上がると、窓辺へと歩いた。

 蒸し暑い風がカーテンを揺らし、ほんの少しだけ外の蝉の音が大きくなった。


「旅行、しようぜ」


「旅行って……まさか」


「心霊スポット巡り」


「出たー!」


 愛菜が机に突っ伏す。


「オカ研って、そういうとこだろ? 夏に何もやらずに終わるとか、もったいないにもほどがある」


「ボク、せめて“花火”とか“かき氷”とか、そっちの夏が良かったなあ……」


「私は……雨城君が行くなら、ついていきます、お母さんのお墓参りは後回しにします」


「やった!結先輩が乗ったなら決定だな!」


 結のお母さんが結の後ろでやれやれといった表情で結を見る。


「いや、何その決定権……」


 ノクスがふてくされたように毛づくろいを始める。


「にゃうにゃう……(お前ら、何も分かってない……)」


「ノクス、めっちゃ不安そうだけど……まあ、いつもの事か」


「予定決まったな。じゃあ次は、先生の帰省先でも聞いてみるか」


「うん!あの人なら、“行くなって言われた村があってな……”とか平気で言いそう」


「それ絶対に、行っちゃいけないやつ……」


 部室の中は、笑い声とセミの音に包まれた。


 ――だが、その“予定”が、後に自分達を地獄へと導く入口になるとは、まだ誰も気づいていなかった。

次回予告


幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜特別編・夏のホラー2025


第壱話『屍村への誘い』


「鹿羽村って知ってるか?」

凄惨な水害により、地図から消された村。

先生の帰省先に語られる“行ってはいけない場所”。

水に沈み、弔われぬまま残された亡霊たちの囁きが、静かに聞こえ始める――。


 コミカルな要素は少なめの本格ホラー仕様です……

苦手な方は20話から読む事をお勧めします……


 最後まで読んでいただきありがとうございます!

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