第16話『記録された者』
旧会室の祭壇に置かれた黒漆の箱を開けた瞬間、部屋の空気が凍りついた。
冷気が肌を刺し、まるで夜そのものが降りてきたかのように、闇が周囲を満たしていく。
綾が静かに告げた。
「“夜落ち”の本質は、空が崩れ落ちる事。天が沈み、世界の記憶が剥がれていく現象……」
俺達の視界が歪み始める。
光が薄れ、音が遠のく。
そこにいるはずの存在が、輪郭を失い、まるで消えていくようだった。
「触れた者は、存在の輪郭を奪われ、肉体だけが残りながら意識は闇に閉じ込められる」
愛菜がノクスを抱きしめ震える。
「そこは、死でもなく、消失でもない……終わらない闇の迷宮」
部屋の奥から、無数の囁きが聞こえてくる。
――“オマエモ、オチルカ?”
誰もいないはずの空間から、忘れられた声が挑発する。
その声に理性は削られ、恐怖が心を蝕む。
箱の中から浮かび上がったのは、怨念に満ちた朧げな影。
「私は、“夜落ち”に呑まれた者の一人。消えゆく存在の記録――忘れられた魂だ」
影は訴えた。
「世界は崩れ、消え、忘れられる。連鎖する呪いを止める事はで出来ない。だが……記憶を繋ぐ者がいれば、わずかな希望が生まれる」
俺は拳を握りしめた。
「俺達は逃げない。忘れられた者の声を聞き、記憶を繋ぎ止める」
怨念の影が、一瞬だけ人間の形をとり、冷たい瞳で俺達を見据えた。
そして消えた。
部屋に戻った静寂は重く、しかしどこか温かさもあった。
夜空を見上げると、満天の星が無数に輝いている。
「“夜落ち”は、恐怖と希望の狭間にある……」
綾がつぶやいた。
俺達は、終わりなき闇の中で、小さな光を守る覚悟を固めた。
次回予告
第17話『夜落ちの影(番外編)〜ノクスの一閃〜』
消えゆく存在たちの声は、まだ完全には消えていない。
その囁きは、誰かの心の闇に静かに忍び寄る――。
夜の帳が下りた時、一匹の黒猫が空気読まずやってくる……
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