第15話『旧会室の封印』
俺達は、綾に連れられ、大学の旧講義棟の奥深くへと足を踏み入れた。
照明は落ち、薄暗い廊下に、時折どこかのパイプから響く水音が響く。
そこは、かつてこの大学に存在した“旧オカルト会”の本拠地だったという。
「空気が……重い」
結先輩がつぶやいた。
まるで、ここだけ“過去”が生きているようだった。
奥の一室に辿り着くと、分厚い木扉に、黒ずんだ和紙が何重にも貼られていた。
その全てに、朱で同じ文字が書かれている。
「封」
「供養不備につき開帳厳禁」
「マジで……開けていいのかこれ」
俺がそう言うと、綾は静かにうなずいた。
「“夜落ち”に呑まれた“記録された者”は、この奥に縛られています。……ここが、最後の供養地です」
綾が一枚一枚、札を剥がしていく。
その度に、空気が鋭くなる。
まるで、目に見えない“何か”がこちらを睨んでいるようだった。
扉がきしみを上げて開かれる。
部屋の中央にあったのは、木製の低い祭壇。
その上に置かれた、黒漆の箱――
無数の封蝋と、古びた数珠、焦げかけた写経の断片に囲まれて、箱は鎮座していた。
「……あれが、“夜落ち”の痕跡?」
愛菜が呆然と呟く。
「正確には、夜落ちに“触れた者”の記録の一部。……彼らの“存在の影”が、この箱の中に封じられています」
綾がそう言った瞬間――
箱が、“カタ……”と音を立てた。
誰も触れていないのに、わずかに揺れたのだ。
ノクスが毛を逆立てて唸った。
「にゃう……(しゅー、これ開けたら絶対後悔するぞ……!)」
「開けないって! 誰も開けるって言ってねえからな!」
俺が本気で言い返すと、結先輩も真剣な顔で頷いた。
「……これは、魂の牢だわ。何かが……まだ、生きてる」
綾が慎重に近づき、箱の前に跪いた。
「この箱は“観応位相供養”と呼ばれる封術で保たれています。ですが……今、内部から干渉が始まっている」
「……つまり、開くって事ですか?」
「はい。外部からの力がなくても、“中の者”が自力で戻ろうとしている」
その時だった。
部屋の空気がぐにゃりと歪む。
誰も声を発していないのに、耳元で囁くような声がした。
――“みつけて”
――“わすれないで”
――“ここに……いる”
愛菜が青ざめて、ノクスをぎゅっと抱きしめる。
「だめ……しゅーくん……誰かが、こっちに来ようとしてる……!」
俺は足元を踏みしめて前に出る。
「……何が来ても、受け止めてやるよ。幽霊だろうが、夜だろうが」
祭壇の上の箱が、もう一度揺れた。
次回予告
第16話『記録された者』
封じられた箱の中に残されていたのは、夜に呑まれ、存在を消された“声”――。
それは怨念か、未練か、それともただの記録か。
だがひとつ確かなのは、
それが“何かを伝えようとしている”ということだった。
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