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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜  作者: 兎深みどり
第六章:妖魔界激震編
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第142話『潮目の共闘』

 妖市の外れ、灯籠の列が尽きる路地の突き当たりに、それはあった。

 石畳の目地が黒く濡れ、壁と壁の隙間だけが水面のようにゆらいでいる。

 冷たい潮の匂いが、街の匂いを上書きしていった。


「……ここが“縫い目”」


 結が息を整える。

 瞳は怖がっているのに、立ち姿はぶれない。


「にゃっ(海の抜け道。向こうは夜の水路だ)」


「ノクスは“夜の水路”と言っておる。焦りは毒、深呼吸を一つ」


 玄昌が尾で地をさっと掃くと、黒いゆらぎが輪の形になった。

 輪の縁には古い紋が浮かび、波紋が静かに外へ広がる。


「にゃー(よし、みんな行くぞー!)」


 ノクスがひと鳴きし、輪をぴょんと飛び越えた。

 修も続く。

 水に落ちる覚悟で踏み込んだ足裏が、意外にも“床”を踏んだ。


 闇の向こうは、水路だった。

 朽ちた桟橋が細く伸び、左右の壁は海洞のようにうねる。

 頭上の空は見えない。

 なのに波の音と、遠い鐘の音だけがはっきり届く。


「……寒い」


 結が肩をすくめ、息を白くした。

 壁に刻まれた無数の爪痕が、灯りの代わりに薄く光っている。


「妾が少しだけ風向きを曲げよう。塩風を緩める」


 玄昌の尾が一度うねる。

 潮の冷たさが半歩ほど遠ざかり、足取りが軽くなった。


「先生、船……ありますか」


「ある。――多分」


「多分って……大丈夫なんでしょうか?」


「“経験上多分ある”。異界の桟橋に舟はつきものだ」


「何の経験上ですかそれ」


 先生が桟橋の影へ手を伸ばし、縄を引いた。

 ぎぃ、と音を立てて、小舟が一艘、闇から滑り出る。

 船首には割れた提灯。

 その中で小さな青い火が揺れた。


「にゃにゃ(当たりだ、やるな先生)」


「“当たりだ”とな。――乗れ」


 四人と一匹が身をかがめて舟へ移る。

 舟底は冷たいのに、不思議と水は染みてこない。


「俺がオールだ。……言っとくが、船酔いはしない設定で生きてきた」


「設定!?」


 先生がオールを押し出すと、舟は音もなく滑り始めた。

 水は黒く、時々、白い指先のような泡が浮いては消える。


「にゃ……(来るぞ)」


 ノクスの毛が逆立つ。

 次の瞬間、舟の縁から“手”がそっとのぞいた。

 青白い指。

 爪はなく、皮膚だけが長く伸びている。


「……来る」


 修は体を前へ。

 心眼を開く。

 これは“誰か”ではない。ただの名もない残り香。

 それでも冷たさは本物で、引きずり込む力は強い。


「――離れてくれ。俺達は行かないといけないんだ」


 真語断ち・壱式《魂打ち》。

 短く、まっすぐ。

 言葉が水面へ落ちると、伸びた指は霧のようにほどけた。

 代わりに小さな波紋が、舟の周りだけ静かになった。


「にゃっ(十分だ)」


「“十分だ”とな」


 舟は水路を抜け、大きな“窓”へ出た。

 視界が一気に開け、真っ黒な海と、月のない空が広がる。

 ただ、遠くの水平線に――黒い“城”の縁取りが一枚、浮かんでいた。


「……亡霊魔城船」


 結の声が微かに震えた。

 それでも、目は逸らさない。


「アシュベル」


 修が呼ぶと、闇の上をコウモリが扇のように渡る。

 次の瞬間、舟の後ろに気配が立った。

 コウモリ化し空から気配を探知していたアシュベルが現れる。


「沖合に停泊。巡回は少数だが、全て“鼻の良い”奴だ。」


「やるしかないわね」


「にゃあ(怖がってる時間があったら、一漕ぎでも進め)」


「“怖がってる時間で一漕ぎ進め”。うむ、的確」


 玄昌がクスりと笑い、尾で舟尾をぽんと叩いた。

 舟はそれだけで少し加速する。


「陸は妾が抑えると言ったが、海でも鼻ぐらいは折ってやろう」


「頼もしいですけど、鼻って折れるんですか妖魔の……」


「折れる」


 即答に、修と結が同時にうなずいた。


「先生とやら、接近は二段階。まず“音を消す”。次に“気配を薄める”。やれるか」


「問題なしだ」


 先生が櫂を止め、舟の縁へ掌を置いた。

 指先がわずかに光り、舟体の軋みが消える。

 半サイボーグの制御が、振動を殺したのだ。


「次は妾」


 玄昌が短く尾を振る。

 潮の匂いが薄れ、代わりに“藻”の匂いがふわりと立つ。

 人の気配が、草の影に隠れた。


「にゃー(いいぞ白モフ。やるじゃん)」


「“白モフ”じゃと。――雨城、前を」


「了解!」


 修は身を低くし、舟首から海面を覗いた。

 黒い水の下で、赤い線が一筋、細く流れている。

 血ではない。魔城から漏れる“儀”の導線だ。


「ここだ。この線の外側を沿って行けば、嗅がれにくい」


「任せろ。――漕ぐぞ」


 先生の腕が静かに動く。

 舟は月のない海で、音も立てずに進む。

 胸に貼りついた焦りはそのままに、ただ、輪郭だけがはっきりしていく。


「にゃん(愛菜、聞こえるか。おれ達は行く。すぐにだ、だから――)」


「ノクスは“行く”と言っておる。……届くかどうかは、あの城次第じゃがな……だが、いけるさ」


 玄昌の金の瞳に、海風が映った。

 亡霊魔城船は揺れない。

 波だけが、足元の世界を静かに揺らす。


「結先輩」


「うん」


「絶対、連れ戻します」


「絶対よ」


 短い言葉が、舟の芯になった。

 その芯が、暗い海でまっすぐ伸びる。


 やがて、城の縁で黒い影が一つ、こちらへ顔を向けた。

 銀の仮面。

 灰色の羽根の外套。

 “灰羽の騎士”が、甲板の端に立つ。


「見つかったか……?」


「いや、まだ“こちらを嗅いだ”だけ。――間に合う」


 アシュベルの声が静かに落ち、舟はさらに影へ沈む。

 亡霊魔城船の巨影が、すぐそこまで大きくなった。


 夜は、更に深く、続く――。

 

次回予告


 第143話『影走る波路』


 亡霊魔城船の直下まで迫る修達。

 灰羽の騎士が動き、海面に“影の鎖”が走る。

 音も匂いも殺した接近戦。

 ノクスの短い鳴き声が、跳ぶべき“瞬間”を告げる。


 辿り着けるか、舌と言葉だけの最前線へ――。


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