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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜  作者: 兎深みどり
第六章:妖魔界激震編
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第141話『海の兆し』

 妖市の奥。

 誓環の赤い光がまだ石畳に薄く残っていた。

 残光は、今は冷たく足裏へ張りつく。


「……日本の沖合、だって」


 結が小さく呟く。

 瞳の奥で、恐怖と焦りが微かにぶつかった。


「にゃあ(潮が変わる、行くなら早めに行かないとな)」


 ノクスが尾をふくらませ、赤い瞳を細めた。


「……のんびりしてたら、本当に間に合わない」


 修は顔をしかめ、胸の奥で脈拍を数え直した。

 数え直しても、嫌な速さは落ちない。


「ルナは早い。愛菜を持ってる側が、全部の主導権を握る」


 浜野先生の声は低い。

 冗談を混ぜない口調に、場の温度が一度だけ下がった。


「こやつは“急げ”と言っておる」


 ふいに、玄昌がのそのそと前へ出た。

 九つの尾がさわりと広がり、金の瞳が笑い皺を刻む。


「えっ、通訳……!」


 結の肩が小さく跳ね、眼鏡が微かにずれた。


「妾の耳は古い言葉も猫の鳴きも拾う。便利な老耳じゃ」


「にゃにゃ(便利言うな白モフ)」


「“便利言うな白モフ”とな」


「そこは伏せて通訳してくださいよ!」


 修が額を押さえる。

 張り詰めた空気が、ほんの少しだけ丸くなる。


「でも、助かる。ノクスの考えが、言葉になるのは心強いわ」


 結がふっと笑い、眼鏡の位置を直した。

 笑いは薄いが、確かに足の震えを止める。


「灰羽は北東へ固定……沖の奴の居城“亡霊魔城船”でほぼ間違いない」


「亡霊、魔城船……なんか禍々しい名前だな」


 修は掌の灰羽を掲げる。

 風もないのに、羽根は海の方角へ小刻みに傾いた。


「にゃー(海を行く城か)」


「沖合で儀式を始められる。上陸はしない“かもしれない”。けど、海の上でも十分に危険だ」


 先生は言い切ってから、短く息を吐いた。


「動き方、決めましょう。陸の準備と、海へ出る手段」


「陸は妾が押さえる。人払いと目隠し、ついでに風向きも少し弄ってやろう」


 玄昌が尾を一振りすると、灯籠の影が路地の奥へすっと退いた。

 ざわめきが一枚ぶん遠ざかり、足音が軽くなる。


「影から沖を偵察する。背中は任せろ」


 屋根の上で靴音がひとつ、石畳へ吸い込まれた。

 アシュベルの髪が月光をはじき、すぐ闇へ溶ける。


「アシュベル……頼む」


「礼は要らん。利害は一致している」


 短い返事だけが残り、頭上でコウモリが扇のように広がった。


「にゃっ(潮目が変わる。時間がない)」


「雨城。役割はいつも通りでいく。俺が後ろ、黒咲は視界と安全確認。お前は前。困ったら呼べ、すぐに変わる」


 先生が手短に刻むと、体の芯が自然と“部活の並び”に収まった。

 この並びになると、呼吸が勝手に揃う。


「先生、頼りにしてます」


 修は灰羽を握り直す。

 羽根の震えが、掌の脈と同じ速さになった。


「……ただ、俺の“言葉”は、幽霊には刺さっても、妖には鈍る」


 吐き出した途端、喉が軽くなる。

 怖さは減らないのに、足は前へ出やすくなった。


「にゃん(それでも撃て。お前の舌は、妖魔王が嫌う舌だ)」


「“それでも撃て。お前の舌は妖魔王が嫌う舌だ”とな。――良い褒め言葉じゃ」


「褒められてる気がしないですけど」


「にゃ(褒めてる)」


 結がくすっと笑い、すぐ真顔に戻る。

 笑いの余韻だけが、拳の強張りをほどいた。


「黒咲。怖い時は怖いと言え。それでも足を出すのが部長だ」


「はい。怖いです。だから進みます」


「よし。……じゃ、行くか」


 修が一歩踏み出した時、骨の門の上で玄昌が鼻先を上げた。

 九つの尾が同時にぴたりと止まり、金の瞳が細くなる。


「……見ておるな。沖の影が、こちらを」


 風の向きが変わった。

 潮に混じって、鉄と薔薇の匂いがうっすら乗る。


 遠く、海の方角で、低い鐘が一度だけ鳴った。

 灯籠が二つ、風もないのにふっと消える。


「妖魔王が、こちらを見ている」


 修の背筋に、冷たい指が一本、撫でていった。

 覗かれている感覚は、声より先に肌を固くする。


「市の縫い目を開ける。古い舟幽霊の通り道じゃ。そこから海へ出るがよい」


「そんな便利な道、最初に言ってくださいよ」


「言えば最初に頼る。若いのはすぐ楽を覚える」


「先生、なんとか言ってください」


「大人はもっと楽を覚える。――だから走れ」


 いつもの掛け合いが、靴底を前へ押した。

 路地を抜けるたび、潮の匂いが確かに濃くなる。


「にゃーご(愛菜、待ってろ。すぐ行く)」


 ノクスが短く鳴き、灯りの切れ目を先導する。

 玄昌の尾が石畳を掃き、足場から小骨のような灰を払った。


 最後の角で、修は振り返る。

 広場の中心――誓環の残光は、もう見えない。

 それでも足首に、目に見えない“輪”がそっと結ばれている気がした。


「結先輩」


「うん」


「絶対、連れ戻します」


「絶対よ」


 短い言葉が、背骨の真ん中に芯を通す。

 その芯が熱を帯び、迷いを焼く。


「にゃっ(来た)」


 頭上でアシュベルの影が一度止まり、月が雲間から顔を出した。

 夜の底、水平線の向こうに、黒い城の輪郭がせり上がる。


 亡霊魔城船。

 月を背にして、城壁だけが薄く浮かぶ。


「――見えた」


 修の喉が乾いた音を立てた。

 次の瞬間には、もう走り出している。


 妖市の縫い目へ。

 海の抜け道へ。

 愛菜のいる方角へ。


 夜は、更に深く――。

次回予告


 第142話『潮目の共闘』


 妖市の縫い目が開き、海への抜け道が現れる。

 玄昌が東の妖を束ね、アシュベルが沖を偵察。

 ノクスの短い鳴き声が、進むべき瞬間を告げる。


 沖合に浮かぶ亡霊魔城船。

 迫る“儀”の気配に、修達は覚悟を固める――。


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