表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜  作者: 兎深みどり
第六章:妖魔界激震編
140/143

第140話『囚われの檻』

 鉄と潮の匂いが、呼吸の度に喉へ張りついた。

 目を開けると、赤い線が空中で脈打っている。

 線は重なり、結び、やがて鎖になって私を吊った。

 手首と足首に冷たい輪。

 動けば食い込み、縫い針みたいな痛みが遅れて走る。


「……ここ、どこ」


 階段の上から、よく通る女の声が落ちてきた。


「起きたのね、人柱の巫女ちゃん」


 黒いドレスの裾が床板を撫で、赤い月の光が肩へこぼれた。

 女は笑った。

 紅い瞳の奥で、氷のような光が怪しげに動く。


「妖魔王……ルナ=ヴァルガ、だよね」


「呼びやすい名で呼べばいいわ」


 彼女が指を鳴らす。

 天井の梁から垂れた鎖が、音もなく長さを変えた。

 私の体が少し下がり、つま先が木板に触れる。

 板が軋む。

 波が響く。

 でもこれは普通の船じゃない。


「ここ……船、なの?」


「亡霊魔城船。城であり、墓標であり、私の家」


「ボクを帰して!!」


「残念だけど、それは無理なお話よ」


「帰して!!皆の所に!!」


「五月蝿いのは嫌いよ私」


 彼女はつま先で檻を軽く蹴った。

 鎖がびくりと震え、足首の輪がきゅっと締まる。

 呼吸が跳ねる。


「痛いっ!!」


「いい声。痛みは立場を教える。迷子には首輪が似合う」


「ボク、迷子じゃない」


「すぐ迷子になる。心で。役目で。――あなたは“人柱の巫女”。門を開閉する鍵。私を新たな高みに導く存在……その為には、貴女には犠牲になってもらわないといけないの、ごめんなさいね」


 言葉では謝っているが、目や口はニヤニヤと嘲笑っている。


「ボクは貴方の為にはならない、ボクはボクだ!!」


「私の為になる。それで充分」


 ルナはしゃがみ、ゆっくりと愛菜の目を見る。

 指先が檻の鉄をなぞる。

 金属が小さく悲鳴をあげた。


「貴女は“鍵”、そして、世界は私のものに。貴女の生命でそれが成せる……とても安いものでしょう?」


「ボクは鍵じゃない。人だよ」


「人は簡単に壊れる。壊れ方もかわいい」


 彼女は楽しそうに肩を揺らした。

 その笑い方が、いちばん冷たかった。


「……ノクスの事、知ってるの?」


「もちろん。常夜の王は目立つ。貴女が抱いて寝るその猫、私が欲しかった玩具」


「玩具って言うな」


「じゃあ飾り。もっと悪い?」


「最悪」


「気に入った。怒る顔がいちばん綺麗で、かわいい、好きよ巫女ちゃん?」


 ルナは首を少し傾け、私の瞳の奥を覗き込む。

 見られている感覚が、皮膚の下まで沈んでくる。


「彼は貴女のどこが好きだと思う」


「そんなの、本人に聞いて」


「聞きたいけど恥ずかしいから聞けないのよ。だから貴女に聞くの。ね、教えて?」


「知るか!」


「すぐ怒る、野蛮ねぇ。壊したくなる」


 彼女は微笑み、鎖を一つだけ短くした。

 膝が勝手に折れる。

 呼吸の隙間に、黒い囁きが入り込んでくる。

 耳の奥で、誰かが笑った気がした。


「……今どこなの」


「沖合。岸は見える。港は要らない。数日後、新月の日、ここで儀は始まる」


「やめて」


「止められるなら止めてみなさい。声で。――貴女、声は悪くない、貴女の悲鳴や断末魔を早く聞きたいわぁ」


「こわっ!」


「褒めてるのよ?この感性が分からないなんて悲しいわぁ」


 コツ、と彼女の踵が甲板を打つ。

 上の甲板で鐘が一つ鳴り、船体が低く身じろぎした。


「そうそう、紹介しておくわね、貴女を捕らえてきた私だけの騎士」


 階段の影がほどけた。

 銀の仮面。黒い羽根の外套。

 真っ直ぐな背。

 足音は揺れない。

 空気だけがきつく締まる。


「この子は強い。抗わない方が良いわよ、人は簡単に死んじゃうから」


 ルナは、人差し指で自分の下唇をなぞった。

 赤が艶めく。

 舌先がちらりと覗く。


「ねえ、巫女ちゃん。貴女の覚悟はどのくらい」


「覚悟?」


「分かってすらないのねこの状況を。このままでは、すぐ折れてしまうかもね」


「折れない」


「折ったら、私が形を作り直してあげるわ、ありがたく思って?」


「勝手に決めないで」


「決める」


 彼女はくるりと背を向け、三段だけ階段を上がった。

 その背に影が寄り添う。

 灰羽の騎士が無言で続く。


「ねえ、ルナ」


 声が勝手に出る。

 彼女の足が半分だけ止まった。


「何」


「しゅーくん達、来るよ。来たら、容赦しない、貴女の事、ギタギタにするから!コテンパンだから!!」


「楽しみにしてる(コテンパン……まだこの言葉あったのね……)」


 振り返らずに答える。

 扉が閉まる。

 静けさが落ちる。

 鎖の脈動だけが、私の鼓動と喧嘩する。


「……ノクス……」


 小さく名前を呼ぶ。

 返事はない。

 でも、胸の奥がきゅっと熱くなる。

 ノクスの重み。

 夜の匂い。

 しっぽのくすぐったさ。

 全部、覚えてる。


 傷ついたノクスを拾ったあの日の事も……。


「来てね。待ってるから」


 波の音が、ほんの少しだけ優しく聞こえた。

 亡霊魔城船は黒い水を裂き、沖合に身を潜める。

 赤い月は、まだ落ちない。

次回予告


 第141話『海の兆し』


 血の契約を交わした修達。

 誓環が示したのは、日本の沖合――亡霊魔城船の影。

 迫るルナの気配に、焦燥が胸を焼く。


 だがその最中、ノクスの鳴き声に玄昌が通訳役を買って出る。

 緊張と笑いが交錯し、仲間の絆が深まるひととき。


 海の向こうに迫る脅威を前に、修達は何を掴むのか――。


 最後まで読んでいただきありがとうございます!

 評価なのですが★を一つで良いのでどうかお願いします!

 ランキングに載るとその分多くの方に見てもらえる可能性が上がるからです!

 ブックマーク等でも応援していただけると嬉しいです。

 続きの執筆の原動力になります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ