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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜  作者: 兎深みどり
第六章:妖魔界激震編
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第139話『九尾の試し』

 灯籠の火が、誰かに息を吹き消されたみたいに揺れて、ぱたりと落ちた。

 音が消える。

 色も薄くなる。

 広場の石畳だけが黒く残り、周囲は墨で塗られたような闇に包まれた。


「……どこだ、ここ」


 足裏から冷たさが這い上がる。

 空気が軽いのに、胸だけが重い。

 息を吸う度、古い香の匂いが喉の奥に残った。


「人の子。名を」


「雨城 修」


「雨城よ。力無き舌で、妾に抗えるか。――確かめるぞ」


 闇の向こうで、九つの尾が花開いた。

 銀の毛並み。

 黄金の双眸。

 巨獣の影が、音も立てずこちらへ歩み出る。


 足がすくむ――が、引かない。

 俺の武器は“言葉”だけだ。

 それで十分だと、自分に言い聞かせる。


「来いよ、九尾」


 尾の一本が、槍に変わった。

 空気を裂く。

 反射で上体をひねり、頬の横を掠める冷たい風をやり過ごす。


「怨霊なら斬れよう。だが妾は“妖”ぞ」


「試してみてくれ」


 喉の奥で言葉が形になる。

 ――怒り、怨み、置いていかれた痛み。

 核を掴んで、叩く。


「お前、長い長い時間に腹を立ててるな。忘れられて当然だなんて顔をするなよ。名は残る。残したいなら、今ここで牙を見せろ」


 真語断ち・壱式《魂打ち》。

 響きが闇へ走り、槍の尾が一瞬だけ鈍る。

 銀毛がさざめき、九尾の黄金の瞳が細く笑った。


「ふむ。軽い。胸板には届かぬ」


「なら次は――こっちだ」


 相手の奥の声を拾い、代わりに言葉にして返す。

 責めるんじゃない。

 “届かなかった声”をここで届ける。


「本当は、守りたかったんだろ。牙で傷つけた数より、守れた数を数えたい。違うか」


 真語断ち・弐式《叫返し》。

 尾の槍が震え、形を保てず砂のように崩れる。

 だが、別の尾がすぐ剣へと変わり、俺の足首を薙いだ。


 靴底が裂ける。

 冷たい痛み。

 膝が沈む前に拳を地面へついた。

 石が痛い。

 まだ立てる。


「良い舌だ。だが、妾には人の言葉だけでは、ほだされんぞ?」


「だったら――結び直す」


 胸の奥で、知らない熱が灯る。

 断ち切るんじゃない。

 ばらばらになったものを、一度だけ寄せて結び直す。

 言葉が、喉へ上がって来た。


「お前の尾は九つ。ばらけて走るから、痛みを分け合えない。いまだけ一つにしろ。痛みも、誇りも、全部まとめて――俺が結ぶ」


 言い終える前に、熱が弾けた。

 目の前の剣の尾がぱきん、と氷みたいな音を立てて止まる。

 銀毛の一本が白く霜を吹き、粉雪のように砕けて消えた。


「……ほう」


 九尾の巨体が、わずかに首を傾けた。

 残る八本の尾が、同じ呼吸で揺れる。

 さっきまでのばらばらな鼓動が揃っていく。


「未熟だが、筋は悪くない。今のは“断ち”ではないな。縫い直す舌。面白い」


「まだ完成じゃない。けど、届く」


「なら、もう一手だ」


 尾が扇になり、夜風が刃へ変わる。

 視界が白くなるくらい速い。

 避けきれない――


「――“全部、お前が背負う必要はない”」


 口が勝手に動いた。

 誰に向けて、でもない。

 ここにいる“全部”へ向けた言葉。

 扇の尾が足元で散り、風だけが後ろへ抜ける。


 九尾は静かに息を吐いた。

 黄金の瞳の奥の色が、ほんの少しだけ、柔らいだ気がした。


「雨城。妾の名は玄昌。今までは“老獣”で通してやったが――気が変わった」


 巨獣の影がほどけ、ひとりの少女が闇から歩み出た。

 銀の髪を高く結い、白いきものに赤の裾。尾は九つのまま、しかし軽やかに揺れる。

 顔立ちは驚くほど整っていて、黄金の瞳をもつ。

 いたずらめいた小悪魔な笑顔を修に向ける。


「獣化より人型の方が消耗が少なくていいな……ん?どうした?」


 あまりの美少女っぷりに修達は驚愕する。


「反則級だろ、それ」


「褒め言葉と受け取っておくのじゃ。試しはここまで。妾はお主らの“縁”に入る。だが覚えておけ、雨城」


 少女――玄昌は、俺の胸を指先でとん、と突いた。

 指先は温かい。

 爪先はちょっと痛い。


「今の“結び”は、まだほどけやすい。強く結ぶには、“誰と誰をどう結ぶか”を言葉で明らかにするのじゃ。曖昧はほどける」


「肝に銘じます」


「よろしい。――さて、帰るぞ」


 玄昌が手のひらをひらりと振った。

 墨色の闇が反転して、灯籠の赤が戻ってくる。

 石畳、骨の門、杯。

 広場のざわめきが耳へ戻った。


「雨城君!」


 結の声。振り向く間もなく、肩を支えられる。

 膝が笑っていたのに、その手で真ん中をつかまれたみたいに体が立つ。


「大丈夫?」


「はい。少し、走らされた感じです」


「ふん。顔色は悪くない。合格だ、雨城」


 先生が腕を組み、ほっと息を吐く。

 その横で、アシュベルが細い笑みを浮かべた。


「東の子は“舌で殴る”。理解した」


「言い方よ」


「にゃあー……」


 足元でノクスが小さく鳴く。

 ――わかってる。

 愛菜がいない今、意味は受け取れない。

 だけど、その尾の振り方で、だいたい伝わる。


「戻ったか、老……いや、玄昌」


 アシュベルが目を細める。

 玄昌は少女の姿のまま、尾でちょいと杯を持ち上げた。


「西の若造。妾は契るぞ。王を止める為なら、東西の差などどうでもよい」


「同意する」


 杯が静かに鳴る。

 血で結んだ輪に、狐の気配が新しく混じった。

 広場の空気が、少しだけ、前へ動く。


「行こう。――愛菜を迎えに」


 結の声に、皆が頷いた。

 灰羽は北東を指し続ける。輪は一つ太くなった。

 俺は一歩、前へ出る。


 夜は、さらに深く――。

次回予告


 第140話『囚われの檻』


 冷たい鎖に囚われた愛菜。

 その前に現れるのは、妖魔王ルナ=ヴァルガ。

 彼女の冷酷な笑みは、新たな舞台を指し示す。

 亡霊魔城船を従え、日本近海へ――。


 修達の知らぬ所で、決戦の幕はすでに上がろうとしていた。


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