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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜  作者: 兎深みどり
第六章:妖魔界激震編
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第137話『市(いち)へ――妖市潜入』

 夜の帳が落ちると同時に、街の一角にぽっかりと穴が開いたような路地が現れた。

 そこは普段、確かに存在していたはずの空き地。

 だが今は、黒い幕を垂らしたような薄闇が揺らぎ、異質な気配を放っている。


「……ここ、だな」


 修が懐中電灯を握り直し、息を呑む。


「ええ。結界の“縫い目”が見えるわ」


 結が目を凝らすと、空気の膜が波打つのが見えた。

 人間にはまず知覚出来ない結界の綻び。

 そこを潜れば、妖怪達の“市”へと続く。


「にゃあ……(行くしかないにゃ)」


 ノクスの尾が緊張で膨らむ。

 彼の紅の瞳は、すでに向こう側に蠢く異形達を見抜いていた。


 浜野先生が腕組みをし、いつになく真剣な顔をする。


「対非常時マニュアルその六……“未知の市街地に潜入する際は、まず全員で財布の中身を確認する事”。ほら、ちゃんと小銭は持ったか?」


「先生……そこですか?……ってか愛菜ちゃんの事が心配だからあんまりこのノリは……」


「いやこれも大事だぞ?異界だって取引は取引だからな。向こうで“払えません”なんて言ったら、命で清算されかねん」


「……妙にリアルで嫌なんですけど」


 修が頭を抱える。


「愛菜については急がないといけないが、だからといって、慌てても良い事はないからな」


 そうして三人と一匹は、結界の膜へと一歩を踏み出した。



 空気が一変した。

 湿り気を帯びた暗闇の匂い、耳の奥で響く低いざわめき、遠くから聞こえる太鼓の音。

 目の前に広がったのは、夜市を思わせる雑多な光景だった。


 無数の灯籠が浮かび、歪んだ文字で書かれた店の看板が並ぶ。

 だがそこに立つのは人ではない。

 角の生えた男、影のような女、魚の顔をした商人……。

 妖怪達が店を開き、珍妙な品を売り買いしているのだ。


「……妖市あやかしいち……」


 結が小さく呟く。


「にゃう……(魂、骨、呪符……何でも売ってるにゃ)」


 ノクスの声が低く震える。


「わー……思ったより市場っぽいな。焼きそばとか売ってないのかな」


「雨城君、物見遊山じゃないんですよ!」


 結が慌てて袖を引っ張る。


 修はしかし懐から財布を出して、ひょいと串焼きの屋台を見やった。


「すみませーん、これ一本いくらっすか?」


 そこに並んでいたのは、何かの小さな骨に肉を巻き付けた串。

 赤黒い汁が滴っている。


「……五十文だ」


 顔の半分が仮面のような男が低く答える。


「五十文!?高ぇな!三十文でどうだ!」


 修が即座に値切りを始めた。


「お前、今この状況で値切るのか……」


 先生が呆れたように額を押さえる。


「にゃあ!(やめとけ、怒らせるにゃ!)」


 ノクスが慌てて修の足を爪で引っかく。

 だが修は引かない。


「三十文にしろって。どうせ仕入れ安いんだろ」


「……ほう」


 仮面の男が無言で立ち上がる。

 その背後から、影のような部下達がぞろぞろと立ち上がり――。


「雨城君ッ!」


「冗談です冗談です三十文の話はナシです!」


 結が慌てて頭を下げ、修の首根っこを引っ張った。


「お前ら……! 死ぬ前にマニュアル読んでこい」


 先生が小声でぼやきながら、腰のバッグから紙束を取り出した。


「対非常時マニュアルその二十二。“交渉では無理な値切りをしない”……な?」


「後出しで言われても……!」


 修が呻き声を上げた。



 それでも、市を進む内に彼らは見つけた。

 ――“灰の羽根”。


 道の端に、ぽつりと落ちていたのだ。

 灰色に焼け焦げたような羽根。

 間違いなく、愛菜を攫った眷属が残した痕跡だった。


「こっちで間違いない……!」


 結が声を震わせる。


「にゃあ……(まだ近くにいるにゃ)」


 ノクスの耳がぴくりと動く。

 鋭い視線が、通りの奥の建物に吸い寄せられる。


 その瞬間、修は気づいた。

 近くの屋台で取引している二人の姿――和装の男と、洋装の女。


「彼女は奪う、全てを……」


「……今度の“新月”で、ヴァルガ様が喉を開く」


 女の囁きが、湿った灯の下でほどけた。



 彼らは確か、日本側の妖怪使いだったはず。

 だが今は、明らかに西洋の妖魔と囁き合っている。


「……繋がってやがる」


 修が小さく呟いた。


「日本勢の一部が……西洋に?一枚岩ではないって事ね……」


 結の瞳が揺れる。


「にゃあ……(ややこしい事になってきたにゃ)」


 暗いざわめきの中、彼らは互いに顔を見合わせた。

 愛菜を追う道のりは、ますます混迷を極めていく――。

次回予告


 第138話『血の誓環リング


 妖市の奥、異形たちの間で差し出されたのは奇妙な“盟約”。

 吸血鬼側が「王の戴冠」を前提に一時協力を持ちかけてきた。

 条件は──儀式の中止。彼らもまた、妖魔の王を恐れていた。

 第138話『灰羽の行方』


 “灰の羽根”を辿る修たち。だが市の奥で待ち受けていたのは、異国の妖異と通じる裏切り者の影だった。

 交錯する思惑、迫る愛菜の気配――妖市の闇が牙を剥く。


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