第134話『黒い誘い』
夕暮れの部室に、不気味な静けさが流れていた。
机の上には、玄昌から渡された古い写しが広げられ、結先輩が真剣な表情で読み込んでいる。
「“王の儀”……吸血鬼達が代々受け継いできた儀式の記録、らしいわ。これが完成すれば、彼らは一つの支配権を得る……と」
「支配権……ですか」
修は思わずごくりと唾をのんだ。
写しに記されているのは、黒い冠、血で染めた祭壇、そして“戴冠”という言葉。
「ただの迷信って片付けたいけど……玄昌さんが“気をつけろ”って言ってたの。その時、彼は確かに震えていた」
「……嫌な予感しかしないっすね」
その時、ソファに寝そべっていたノクスが、ぴくりと耳を立てた。
毛並みが逆立ち、尾がぶわりと膨らむ。
「にゃ、にゃあ……(こ、この儀式は……洒落にならんぞ……!)」
「え、ノクスがこんなに動揺するなんて……珍しいね」
愛菜が目を丸くする。
ノクスはソファから飛び降りると、まるで何かから距離を取るように後ずさった。
「にゃ、にゃああ……(近づけるな、それは“王”の気配だ!)」
修は視線を写しに戻す。
そこに刻まれていた名が、目を射抜いた。
「“――ルナ=ヴァルガ”。これが……妖魔の王の名、ですか」
「ルナ=ヴァルガ……」
結先輩がその名を口にした瞬間、部室の空気がひやりと冷え込む。
まるで誰かに背後を覗かれているような感覚が走った。
その時、机の端に置かれていた空白の書がかすかに震えた。
ぱらりと開かれた断片のページに、にじむように同じ名が浮かび上がる。
「……合ってる。まだ全ては示せないけど……その名は、確かに記されてる」
ひよりの声は、遠い水面から響くように揺れていた。
「……“彼女は奪う、すべてを”。記録にはそう残されてるわ」
低く読み上げる結先輩の声が、妙に重く響いた。
その一言は、呪いにも似て部室を満たしていく。
◆
「にゃ……にゃにゃ!?」
次の瞬間、愛菜が手にしていた布をノクスの背にばさりとかけた。
それは真紅の“王のマント”を模した布だった。
「じゃーん! ほらノクス、王様ごっこだよ!」
「にゃにゃにゃ!(重いし長い!裾引きずってるだろ!)」
「似合ってるよ〜、陛下!」
結先輩まで笑いながら拍手する。
だがノクスは必死にマントを振り落とそうとして、机の上の写しに突っ込んだ。
「ちょっ……! “王の儀”の写しが……!」
修は慌てて書類を押さえつつ、ため息をもらす。
「なんでこんな時にコントやってるんですか……」
「にゃあん!(おれだって好きでやってねぇ!)」
◆
笑い声が響く中、ひときわ強い風が窓を叩いた。
その音は、まるで遠い鐘の音のように重なって聞こえる。
――黒き戴冠式は、すでに始まりを告げていた。
次回予告
第135話『攫いの前夜』
愛菜の周囲に生じる“空白の時間”。
護符が焼け焦げ、迫る脅威に先生が全員を保護モードへと誘導する。
しかし修の“真語断ち”は、初めて弾かれてしまう――。
不吉な夜の帳が、静かに降り始めていた。
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