第133話『巫女の痕』
放課後、オカルト研究同好会の部室。
机の上には、図書館から借りてきた古社の記録が山のように積まれていた。
「……うぅ……全然読めない……」
結先輩が古文書と格闘していた。
毛筆で書かれたくずし字は、まるで暗号のように並んでいる。
「“神籬”……“楔”……えっと……これは……?」
「先輩。顔色悪いですよ。お茶どうぞ」
修がそっと湯気の立つ湯のみを差し出した。
結先輩は「ありがとう……」と受け取りつつも、視線を紙から外さない。
その集中力に、修は少し呆れたように肩をすくめた。
「にゃーん(どう見ても解読じゃなくて、にらめっこだな)」
「ノクス、うるさい」
ページを繰ったその時、挟まれていた一枚の写真がひらりと落ちた。
セピア色に褪せた古い集合写真。
中央には白装束の少女が立っており、ぎこちない笑みを浮かべている。
その顔立ちは――君鳥愛菜に、あまりにも似ていた。
「……これ……」
修は思わず息をのむ。
結先輩も写真に目を落とし、驚きに声を詰まらせた。
「“人柱の巫女”……古文書に出てくる言葉だわ。
境界を鎮める楔として、代々“選ばれた者”が……」
「境界を鎮める楔……」
修は呟き、ちらりとソファで漫画を読んでいる愛菜を見る。
彼女は何も知らない顔でページをめくっていた。
「ボク?なに?しゅーくん、そんなにジロジロ見ると気になるんだけど」
「い、いや……なんでもないです」
修は慌てて写真を隠した。
しかし、その瞬間――窓の外で風鈴がちりんと鳴った。
音もなく夜風が差し込み、カーテンが揺れる。
その隙間に、“女の影”が立っていた。
痩せすぎの体、異様に長い黒髪、そして笑みだけが浮かんでいる。
声はない。
だがその視線は、確かに愛菜に注がれていた。
「……っ!」
修が立ち上がった時には、影はもう消えていた。
残されたのは、ぞわりと肌を撫でる冷気だけ。
「雨城君……?」
「……いや。なんでもないです」
だが修は確信していた。
――あれは妖魔の王の手の者。
そして狙いは、愛菜だ。
◆
ソファの上。
「にゃーん(お茶は俺にも淹れろよ)」
「ノクス、猫に熱いのは無理ですよ」
「にゃああん!(せめてアイスミルク!)」
部室には、緊張と笑いが入り混じった空気が流れていた。
次回予告
第134話『黒い誘い』
吸血鬼陣営が示す“王の儀”の一端が明らかになる。
その不穏な気配に、ノクスは珍しく動揺し距離を取る。
そして初めて明かされる、妖魔の王の名。
「彼女は奪う、すべてを」――その言葉が意味するものとは。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
評価(★★★★★)やブックマークで応援していただけると嬉しいです。
続きの執筆の原動力になります!