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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜  作者: 兎深みどり
第五章:そうだ、きさらぎ駅に行こう!編
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第130話『夏合宿(安全)』

第五章:そうだ、きさらぎ駅に行こう!編ラスト!

 昼下がりの部室は、麦茶とどら焼きの匂いで満ちていた。


 ホワイトボードの「温泉(図書館付き)」の文字にはハートが三つ増え、机の端ではノクスが袋菓子を前足でちょいちょいと寄せている。


「ノクス、それは一人一袋までです」


「にゃう(じゃあ半袋でいいにゃ)」


「ダメ」


 笑いが弾み、空気が柔らかくたわむ。

 窓辺では、結の母が湯呑に麦茶を注いでいた。


 彼女の姿はもう常に見える……後で分かった事だが、あの場にいた全員が結の母を見えるようになった。


 光の加減で薄くなる事はあっても、消えはしない。


「……ひよりちゃん、持ち帰ったもの、渡すね」


 母が薄い封筒を差し出す。

 中から出てきたのは、白いページの欠片がいくつも。

 端は灰に煤け、中央だけが透き通るように白い。


「ありがとう結ママ、受け取ります」


 ひよりが両手で欠片を受け、胸の前でそっと重ねる。


 かすかに鈴の音。

 部室の空気が少しだけ軽くなった。


「何か分かる?」


「……思い出してます。いくつか、です」


 ひよりは欠片を三枚、机に並べた。

 どれも小さいのに、別々の温度があった。


「一つ目。書の仕組み。空白は空じゃない。“誰かの中の空白”に合わせて形になる。読む人が増えるほど、道が太くなる。……だから、私達の“全員で帰ろうとする気持ち”は強かった」


「じゃあ、これからは皆で読めば良いって事だな」


「はい」


 ひよりは二枚目を指で撫でる。

 指先に、微かな冷たさ。


「二つ目。狙う影。駅員みたいな怪異達、古い妖魔、そして……遠くの星から来る人達。書を手に入れて“時間の縫い目”を抜き取ろうとしている。……リーヴァさん達の、敵」


「にゃう(宇宙側も動いてる訳だにゃ)」

「だね。ボクらの相手、地上だけじゃないって事だよ」


「敵の顔、分かるか」


「輪郭だけ。目が無い顔、声を持たない声、赤い目の群れ……はっきりは、まだ」


 ひよりは首を小さく振り、三枚目の欠片を持ち上げる。

 中央に、ごく薄い結びの印。


「三つ目。リーベル・イナーニスそのもの。書は“もの”じゃない。“在るべきページ”は人に寄って現れる。許された人が近くにいるほど、扉は開きやすい。……だから、結さんの“言葉”が道になる」


「私の“言葉”が」


「はい。お母さんも、それでここに在るのを選びやすくなる」


 結は胸元を押さえ、そっと笑った。

 母も同じ笑みを返す。


「他には……なんだろうこれ……?予言?確定してない未来?七人の人影、絶望、焦り、想い、奇跡を願う……凄く抽象的な未来……これは現実?」


「これはよく分からないな」


「にゃう(何かを揶揄してるのか?)」


「難しくて何も分かりませーん」


 笑いがまた重なり、白いページの端がほんの少し軽くなる。


 ひよりは残りのより小さな欠片を掌に包み、しばらく目を閉じた。

 まぶたの裏に、色と音がゆっくりと立ち上がる。


 ──白い螺旋階段。

 ──名も無き図書館。

 ──記された事が消えるという記録。

 ──星のあいだを渡る、黒い帆の艦。

 ──その甲板で、銀の髪が風に鳴る。誰かの横顔。       

遠い日の約束。


 ──そして……


 ひよりは結の母を見る。


 ──別れと輪廻……それに関わるのは……私自身?でもこれは、私とは全く違う……それでも、これは私?なら私とは、一体……


 胸の奥に、薄い鐘の音が鳴った。

 ひよりは目を開け、欠片を静かに置く。


「……他にも、思い出しました。少しだけ」


「どんな事」


「“私がどこに立っていたか”。そして、“書を守る為に、どこまで歩くのか”。……でも、今はまだ、言葉にする時ではありません」


 その言い方は柔らかいのに、底に小さな決意の硬さがあった。


 修はそれ以上は聞かず、頷く。


「分かった。必要な時に、必要な分だけ言ってくれ」


「はい。今は、これだけ」


 ひよりはみんなへ向き直り、言葉を選ぶように微笑んだ。


「私、多分……“向こう側”で息をしていた者。ここで言うと、たぶん“図書館の窓”みたいな役目です。だから、どうしても“開き方”が分からない書でも、出来ない訳じゃない。……そういう感じ」


「にゃう(ぼかすの、上手だにゃ)」


「ありがとう、ノクス」


「今のでも十分に助かるよ。出来る範囲で教えてくれたら、それで」


「はい。皆の笑顔を守る、そんな時だけ」


 母が湯呑を配り終え、最後の一杯をひよりの前へ置いた。


 湯気がゆらぎ、欠片の白に小さな虹を作る。


「ありがと、結ママ!」



「さて、次は“現実の準備”だな。合宿の買い出しリスト更新」


「非常食、救急セット、鈴、“急な夏の雨”用の雨具、ビニールカバー」


「にゃう(温泉後のコーヒー牛乳)」


「それは必須じゃないけど必須だね」


 ホワイトボードの下に、走り書きの矢印が増えていく。


 笑いと雑音のあいだで、ひよりはそっと欠片を重ね、空白の書に戻した。

 余白は穏やかに呼吸し、さっきより少しだけあたたかい。


 窓の外、夏の雲が大きく盛り上がる。

 部室の空気は軽く、安心な重さで満ちていた。


「……お母さん、皆いい人でしょ?」


 結がつぶやく。

 母は微笑んで答える。


「そうね……」


 目に見えない絆が、また一つだけ濃くなった。

 次回予告


 第六章:妖魔界激震編

 第131話『開幕/夜はうごめく』


 全国で妖怪達の小競り合いが相次ぎ、夜の空気がざわつき始める。

 愛菜の肌に浮かんだ薄い紋様、そしてノクスの奥底で蠢く“王権”の影。

 深夜のパトロール中、二つの夜が同じ獲物を狙い始める――。


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