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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜  作者: 兎深みどり
第五章:そうだ、きさらぎ駅に行こう!編
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第128話『常夜と隕鉄』

 巨大駅員が枠を掲げ、空気そのものを硬い“囲い”に変えて迫ってくる。


「しゅーくん!あれもうこの空間ごと枠に入れようとしてない!?全滅不可避?とか酷い!負けイベか!」


 濁った風が肌を逆立て、遠くの蛍光灯が嫌なリズムで明滅した。


 切符の嵐が床を削り、金属の臭いが喉の奥にまとわりつく。


「愛菜!まだだ!まだ諦めるな!!ノクス、右肩の継ぎ目。先生、左膝の支柱。俺は結び目を真語断ちで緩める」


「了解だ。魔力覚醒!!解放するにゃう!!」


 ノクスの翼が大きく弧を描いた。


 翼膜から夜が滴り、周囲の色がいっせいに沈む。


 闇はただの暗さじゃない。


 水のように冷たく、風のように軽く、音を吸い込む“質量”を持っていた。


 次の瞬間、その闇が裏返り、黒い星の雨へと変わる。


 ひと粒ごとに微かな鳴き砂の音がして、落ちる先を自分で選ぶみたいに軌道を曲げた。


「──こいつは今のおれの最高地点!!」


 ノクスが敵に向けて人差し指を突き立てる。


『灰燼に帰せ……第九階梯・極大魔法・常夜滅光カタストロフ・ノクターン!』


 無数の黒い星々が煌めき、右肩継ぎ目に向かって連続で叩き込まれる。

 星々の煌めきは右肩のみならず半身が吹っ飛び弾けた。


 吹っ飛んだ部分から大量のネジが転がり落ちる。


 金属音ではない。

 規則そのものが爪で引っかかれたような、耳の奥が痺れる音。


「こいつ、機械仕掛けなのか……?いや、そういう概念って事か?」


 修は疑問に思うが、それをここで気にかけても意味がない、そうこうしてる内に徐々に再生しているのだから。


 枠を留めるネジが一本、また一本と外れて宙に浮き、黒い粉へ崩れていく。


 巨大駅員がぐらりと沈んだ。


「――プロトコル08、発動。《METEOR KNUCKLE・MODE:FULLDRIVE:起動》!!!最大。行くぞ」


 浜野先生の足元で床が僅かにたわむ。

 反動が膝、腰、肩へと順に束ねられ、拳の周りで空気が焼けた。


 皮膚の下で薄い光が走り、半サイボーグの関節が音もなく噛み合う。

 胸郭の奥で機械の唸りが一段高くなった。


「《メテオ・リライジング・ブレイカー》!!」


 拳が落ちる瞬間だけ、世界がわずかに遅れた。

 次の刹那、技の衝撃が左膝をえぐり、鉄骨と“決まりの骨”が同時に悲鳴を上げる。


 足場が震え、埃が輪になって跳ねた。

 巨体が膝をつき、構えていた枠が低く落ちる。

 握りの力が緩んだ隙を、冷たい風が横切った。


「修君!今!」


「真語断ち・弐式《叫返し》──“残るのは沈黙。帰るのは全員”」


 修の言葉が喉を滑り、鎖の結び目へ降りる。

 声は尖っていない。

 けれど、芯がある。


 別れのホームで飲み込まれた「またね」、席を立つ前に喉で消えた「ありがとう」。


 そんな“最後にならなかった最後”が、いっぺんに胸へ返ってくる。


 それらを束ねて投げ返す。

 黒い糸の表面がふやけ、結びの輪が一つ解けた。


 結の母を縫い止めていた糸が二本、淡い灰に変わって空に散る。


 巨大駅員の鋏がぶるりと震え、空気の上に薄い破線が走った。


 破線はまっすぐ後方の君鳥愛菜へ伸び、足首だけを器用に狙いすくめる。


 一人を剥がすつもりの線だ。


「させません」


 結が一歩、線の前に滑り込んだ。

 目は怯えていない。

 けれど、指先は震えている。

 それでも声はまっすぐだった。


「“全員で帰る”──私はそう読む」


 読みが線の根元に刺さる。

 破線は進路を失い、床のタイルへ逃げて消えた。


「良い読みだにゃう」


「今更だけど、先輩しゅーくんの真語断ちみたいの使えてない?」


「さすが先輩!多分修行前の奴かもな、あれに霊力込められたら真語断ちになるぞ!」


 修が心から感嘆すると、結は恥ずかしそうに修をチラ見する。


 巨大駅員の口が裂ける。

 咆哮。

 柱影から無数の手が噴き上がった。

 指先は細く長く、白い針みたいに冷たい。

 掴んで、分けて、残す為に伸びてくる。


「ノクス、頼む!」


「了解だにゃう!!」


 ノクスが翼を剣へ変える。

 黒い羽が幾重にも重なり、迫る手をまとめて撫で斬りにする。


 羽音は低く、しかし止まらない波のように続いた。

 砕けた指が黒い粉になって風へ溶ける度に、視界がわずかに軽くなる。


「先生!」


「任せろ!!!――プロトコル09、発動。《OVER DRIVE:起動》、オールグリーン。リミット解放──俺は、ここで終わる訳には……リーヴァ、力を貸してくれ!!」


 浜野先生が拳を握り直し、さらに深く沈み込む。全身から眩い熱が噴き出した。


 「──限界を、超える!! オーバードライブ!!!」


 両脚が床を弾き、砲弾のように躯が跳ね上がる。

 コアの回転音が一音上がるたび、周囲の空気が薄く震えた。


「──極拳メテオラ・スターバースト!!!」


 拳が腹部装甲へ沈んだ瞬間、粉塵が内側から爆ぜ、ホームの床が波みたいにめくれ上がる。


 装甲の合わせ目に深い亀裂。

 湿っていた“規則の糊”が一気に乾き、ひび割れ、奥の核が覗いた。


 黒い心臓。

 ここだけは、言葉が通る。


「修君」


 結の視線が修を捉える。

 心配と決意が同じ場所に宿っている目だった。


「大丈夫」


 喉が焼ける。

 胸の奥で砂が擦れる。

 零式は心を削る。

 それでも、ここしかない。ここで撃つ。


「先輩、全てを終わらせます。信じてください。俺は大丈夫だから」


「……はい」


 修は一歩、核の正面へ出た。


 怖さは確かにある。

 足の裏から冷たさが這い上がり、心臓の拍が耳の内側で大きくなる。


 それでも、もっと強いものがあった。

 皆で帰ると決めた気持ち。

 結の“読む”覚悟。

 愛菜の震えを堪える息。

 ノクスの翼の熱。

 浜野先生の拳の音。

 ひよりの書の冷たい滑り。

 それら全部が、背中を押していた。


「奥義──零式《虚空》」


 叫ばない。

 息を無駄に弾ませない。

 言葉は静かに落とす。

 狙いは核だけ。

 ぶれない真言。


「“ルール”は終わりだ。お前達の決まりは、ここで虚無になる」


 空気が止まる。


 蛍光灯の明滅が一枚の絵みたいに凍り、黒い核の表面に浮いていた無数の“線”が、内側からほどけた。


 線は一瞬、白い糸になり、次の瞬間、紙の灰へ変わる。


 音は無い。

 けれど、全身が僅かに沈む。

 何か巨大な重しが、見えないまま落ち切った証拠の沈み方だった。


 核の中心で、丸い空白が開く。

 穴ではない。“意味”の無い場所。


 そこに張られていた全ての命令文は、字の形だけ残して砂になった。

 命令が命令である為の芯が、ぽっきり折れた。


 巨大駅員の胸がぐらりと揺れる。

 両腕が重力を思い出したみたいにだらりと下がり、握っていた枠の重みだけが指から伝わって震える。


 足元で乾いた音が連なった。

 浜野先生の拳で入った亀裂が、零式の余波で内側から広がっていく。


「効いたにゃう。芯が消えた」


 ノクスの瞳の赤がわずかに明るくなる。

 真祖の翼が低くうなり、残った手の群れを遠ざけるように広く払った。


「愛菜!」


「分かってる!」


 愛菜が護符を二枚、苦い息と一緒に滑らせる。

 紙片が白い弧を描き、巨大駅員の足首にまとわりついた影を剥がした。

 影は薄く裂け、床へ広がる前に消える。


「ひより!」


「ここです」


 ひよりの書がふっと軽く開き、潜む穴と偽の足場を淡い線で示した。

 その線は頼りなく見えるのに、触れた足には確かな“固さ”を返す。


「先生、もう一撃いるかな?」


「いや、君鳥。雨城が撃った。それで十分だ」


 浜野先生は拳を下ろし、肩で息をした。

 胸郭の内側でコアが規律正しく回転し続ける音が、僅かに落ち着く。


 左腕の皮膚に走った薄いヒビが、白い蒸気の中でゆっくり閉じていった。


 巨大駅員は、まだ完全には崩れない。

 空になった核の代わりに、周囲の闇と規則の欠片を寄せ集め、小さな“芯”を作り直そうとし続けている。


 だが、そこへ届く命令文はもう無い。

 残っているのは、惰性だけだ。


 修は舌の奥で血の味を噛みしめ、もう一度だけ息を整えた。


 零式の棘が胸に残る。

 動かす度に刺さる。

 けれど、その痛みはいい。

 ここが生きた証だと、逆に教えてくれる。


「結先輩、下がって。お母さんを離さないでください」


「はい。大丈夫です」


 結の頬に汗が光る。

 腕の中の母の体温は弱いが、確かにある。


 結はスカーフの結び目を握り、震えを呼吸で押し沈めた。


「ノクス、右肩の継ぎ目、もう一度だけ」


「任せるにゃう。ここで削り切るにゃう)」


 ノクスが翼を斜めに構える。

 常夜の光が一度だけ瞬き、残った継ぎ目に細い星が連続して落ちた。


 音はさらに小さく、しかし深い。

 釘が一本、床に落ちるみたいに、はっきりとした終わりの音がした。


 巨大駅員の肩が崩れ、握っていた枠が素手の板切れみたいに重くなる。


 規則の支えが外れた物体は、ただの物体だ。握り切れず、床に滑り落ちる。


 鈍い音。破片が跳ね、白い火花が一つだけ咲いた。


「雨城」


「分かってます」


 修は視線を核のあった場所に据えた。

 もう黒は無い。

 空白だけがある。


 そこへ、もう命令を落とす必要はない。

 だから言葉を引き戻す。

 胸の棘が、少しだけ抜けた気がした。


 巨大駅員の顔が、はじめて“迷い”に似た歪みを見せた。


 空洞の口が音にならない音でぱくぱく動く。

 掴む先、切る手順、“残す”為の図面。

 その全部が、核と一緒に消えてしまった結果の顔だった。


「雨城!」


「大丈夫、先生」


 修は頷き、半歩下がる。

 零式の余波で目眩がかすめた。

 すぐ横で愛菜が肩を貸し、ノクスが翼で陰を作る。


「しゅーくん、呼吸合わせよ」


「ああ」


 短く息をあわせる時、ひよりの白いページがまた一枚、自然にめくれた。

 紙の端に、細い、けれど確かな道が一筋見える。

 出口へ続く白だ。


「結。行こう」


「……はい」


 結は小さく頷き、母の手を握り直した。

 指先の力が、最初より強い。

 震えの幅が、さっきより狭い。


「まだ来るなら、来いにゃう。こっちは“全員”だにゃう」


 ノクスが低く笑い、翼を震わせる。

 黒い粉がまた一度だけ舞い、空に消えた。


 空気は、まだ止まっている。

 だが、それは恐怖の凍りではない。

 決まりが終わった後の、短い静けさ。

 ここから先は、こちらが選ぶ。

 こちらが読む。

 こちらが決める。


 修は乾いた喉で唇を湿らせ、目の前の巨影を最後に睨んだ。

 核は無い。

 枠は崩れた。

 鋏は鈍い。

 ただ残響だけが、弱い波のように足元へ寄せて返す。


「……終わりだ」


 彼はそれ以上、何も言わなかった。

 胸の奥の棘はまだ残る。

 けれど、それでいい。

 痛みは、帰る為の合図になる。

 空気は静かだ。

 静けさの中心で──


 空気が止まる。



 次の瞬間、核の表面を走る黒い文字が全部ほどけた。

 音はない。

 光だけが爆ぜ、蛍光灯が逆流の白を吐き、ホームそのものがゆっくりと裏返る。

 切符の嵐は逆向きの風に呑まれて天井へ昇り、柱は線だけの骨になってほどけ、看板は一枚の白紙に戻って舞い上がった。


 巨大駅員の輪郭が、真ん中から千切れる。

 空洞の顔に貼られていた“通行条件”の札がばらばらに散り、黒い灰になった。


「結、今!」


「はい!」


 鎖の最後の結び目が、零式の余波でほどける。

身体が落ちる前に、修は膝から滑り込んで腕を伸ばし、そのまま受けとめた。

 心は軋む。

 視界の端が白い。

 けれど、腕の中の温度は確かだ。


「修君!」


「大丈夫です、先輩。動けます」


 背後で黒い砂が巻き上がる。

 駅の残骸が、最後の力でこちらを引き戻そうとしていた。


「道を開けるにゃう」


 ノクスが翼を打ち鳴らし、黒い羽の嵐で砂を押し返す。

 愛菜の護符が弧を描き、足元の割れ目を白く縫い止めた。


「皆さん、こちらです」


 ひよりの言葉を修が皆に伝える。

 ひよりの書が明るく灯り、改札の方向に細い道が描かれる。

 薄い線はすぐに一本の帯へ太り、出口の光をはっきりと示した。


 結は母の手を握り、頷く。

 浜野先生が最後尾で破片を蹴散らし、愛菜はノクスのリュックを抱えて横へ付く。


「修君!右!」


「見えてる!」


 黒い残光が、最後の足掻きで鋏の形を作った。

 残骸の刃が結へ伸びる。


「させない!」


 修は半歩、結の前に出る。

 言葉は短く、鋭く。

 核を失ってなお残る“切り離し”の線だけを撃ち抜く。


「真語断ち・壱式《魂打ち》──消えろ」


 刃は根元から白く砕け、粉になって消えた。


「にゃう(出口、開いてる)」


「うん!」


 改札の白が、大きく息をした。

 現実の光が流れ込む。


「帰ろう、結先輩」


「……はい。皆で」


 外の空気が胸に落ちる。

 冷たい。

 けれど墓の湿り気はない。

 油とコーヒーの匂い。

 遠くの発車メロディ。

 人の声。


「全員、いるな」


 浜野先生の声に、修は頷いた。


 黒咲結。君鳥愛菜。ノクス。ひより。浜野京介。黒咲結の母。そして雨城修。

 七人全員、皆が、ここにいる。


「修君」


 結の声が小さく震えた。

 けれど、怖さではない。

 張り詰めていた糸が緩む音だった。


「ありがとう。あなたが……」


「俺達で、だ」


 修は笑う。

 胸のざらつきはまだ残る。

 零式の棘は、すぐには抜けない。

 それでも、今はそれでいい。

 代わりに皆がいる。


「ノクス、助かった」


「当たり前にゃう」


「愛菜、護符ナイス」


「うん!おばあちゃんの護符強々だね!」


「ひより、道、完璧だった」


「……良かった」


「先生、流石!」


「当たり前だ、雨城」


 駅舎のスピーカーが一瞬だけ歪み、砂を踏むみたいなノイズが走る。

 けれど、もう怖くない。向こうの“ルール”は、零式でかき消した。


 結は母の手を離さず、胸のスカーフの“結び”を確かめた。

 そこに書かれた一行は、もう揺れていない。


 ──全員で帰る。扉は私達の声。

 次回予告


 第129話『ただいま』


 空間は閉じ、日常へ戻る

見えるようになった“母”と、変わらない朝の音──


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