表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜  作者: 兎深みどり
第五章:そうだ、きさらぎ駅に行こう!編
125/142

第125話『母の選択』

 暁の手前、空の色が薄い藍から乳白色に変わっていく。


 西にある給水塔は冷たい金属の匂いを放ち、その長い脚の影が地面に伸びていた。


 ひよりの白い頁は昨日よりも重い。

 指先で支えると、まるで言葉そのものが重さを持っているみたいだった。


「四段目を作る」


 修が静かに言う。


 全員が頷いた。声を揃えはしない。

 ただ同じ意味を心の中で読む。


 空白の書に刻まれた四つの合図──西/暁/全員/四段目──それだけを、同じ向きで“見る”。


「にゃう(息を合わせろ)」


 愛菜が小さく訳す。


「息を合わせろ、だって」


 一段、二段、三段と踏み出す。


 見えない階段の空気が硬くなっていく。


 四段目はまだ無い。

 だから作る。


 “全員で帰る”その思いを一つに束ねて目の前に置く。


 結が深く息を吸い、吐いた。


「全員で帰る」


 その一言で空気に薄い段差が生まれた。

 靴の底が微かに引っかかる。


 修がそこに重さを足し、ノクスが低く喉を鳴らし、ひよりの持つ書が、凄く軽くなる。


 四段目が出来た。


 塔の根元の穴に、白い風が灯る。


 その形はすぐに人の輪郭になり、長い黒髪と眼鏡の影を結び、柔らかな笑みを現実に連れ戻した。


「結」


「お母さん」


 呼び合うだけで、胸の奥の張り詰めた糸が解けそうになる。


 けれど近づきすぎない。

 足元が穴に変わるやり口は、もう学んだ。


「時間は少しだけ。必要な事だけ伝えるね」


「お願いします」


 母は頷き、ひよりの書に目を落とした。


「鍵を渡す。“誰も置かない”を扉にする鍵。形は簡単、言葉も短い。でも使うには約束が必要。その代わり、一つの扉を閉じる」


「閉じる扉って、東の踏切ですか」


「そう。黄昏の道はもう使えない。あそこは捕まえる為に作られた道だから。あなた達が覚えたやり方も、すぐに真似される」


「にゃう(こっちも学んだが、向こうも学ぶ)」


 愛菜が息を呑む。


「だから閉じるんだね」


「閉じたら帰り道は減る。それでもいい?」


 結の母が真剣な表情で修に言う。


 修は即答した。


「大丈夫。俺達は自分の言葉で帰る」


 母は嬉しそうに笑い、結に向き直る。


「鍵はあなたが持って。形は“結び”。名前の通りね」


 母はスカーフの端をそっと裂いた。

 細い布切れは夜露で冷たく湿っている。


 そこに母はペンを使わず、指で一行だけなぞった。 

 布に薄く文字が浮かぶ。


 ──全員で帰る。扉は私達の声。


 修には、布が小さな灯りを帯びたように見えた。

 これは呪具でも護符でもない。 

 ただの言葉。

 けれど“全員”で読めば扉になる。


「使い方を教えてください」


「暁に四段目を作って、この結びをその空白の書に重ねる。その時、誰も黙らない。小声でも心の中でもいい。“全員で帰る”それを徹底する、気持ちで負けたらダメだよ?」


「にゃう!(簡単だにゃ!)」


 愛菜が笑う。


「出来るよね」


「出来る」


 結は布を胸元に重ね、深く息を吸って吐いた。


「代わりに閉じる扉……本当に、黄昏はもう使えないんですね」


「そう。あなた達が“選んで”閉じる。それで向こうからの呼び声も弱まる」


「今は戻らないで、って事ですね」


「今は。暁なら何度でも会える」


 母はひよりへ視線を向けた。白い頁が小さく鳴る。


「書は呼ばれる。あなたは覚悟して。あなたは、みんなの声が増えるほど強くなる。だから、一人で抱えこまないで」


「うん。みんなで持つ」


 ひよりは書を抱え、頷いた。

 浜野先生が塔の脚に手を当て、短く息を吐く。


「時間切れが近い。監視が回ってくる」


「急ごう」


 修が言った瞬間、足元の砂利がざわりと動いた。

 細い影が走り、塔の根元に黒い線が三本、針のように立つ。


 駅員の鋏は現れない。

 ただ、言葉を“一人”に削ろうとする気配だけが、冷たく這ってくる。


「来た。短いの、三本だけ」


「にゃう(まとめて折れ)」


 修は首を横に振った。


「いや、今日は別のやり方でいく」


 彼は結の隣に立った。


 結が布の“結び”を掲げ、ひよりの持つ書へ、そっと重ねる。

 愛菜は息を合わせ、ノクスは喉を鳴らし、浜野先生は一歩影を踏んで重さを加える。


「読むよ」


 結の声は小さいが、芯がある。


「全員で帰る」


 修が続き、愛菜が続き、ひよりが続く。

 ノクスは短く鳴き、それを愛菜が胸の内で訳す。

 浜野先生は声に出さず、呼吸で同意を示す。


 “同じ向き”が塔の周りに満ち、針は立つ場所を失った。


 ぱき、ぱき、ぱき。


 細い音と共に三本の針が折れる。

 黒い粉は地面に落ちず、朝の風に混じって消えた。


「……閉じました」


 ひよりが書のページを撫でる。針の跡はどこにもない。

 母はほっと息をついた。


「上出来。東の踏切はもう開かない。黄昏の声が来ても、ただの風になる」


「やったにゃ」


 愛菜が笑い、すぐに真顔に戻る。


「でも、これからは暁だけ。勝負はいつも短いって事だよね?」


「そう。だから準備して、迷わないで」


 母は結の手を見つめる。

 結は布の結びを握りしめた。


「結。あなたはここで“待つ力”を使う。焦って踏み込まない事。それが全員を助ける」


「……はい。待ちます。見る、合図する、読む。私に出来る事をやります」


「それが一番強い」


 母の笑みは柔らかい。

 背後の風が少し冷え、塔の影が縮む。

 世界が朝へ寄っていく。


「そろそろお別れ。次は扉の向こうで」


「向こう?」


「書の匂いが強い場所。あなた達の言葉でしか入れない部屋」


 修は頷く。


「分かった。鍵は受け取った。東は閉じた。次は俺達の番だ」


「にゃう(全員で、だ)」


「全員で、だ」


 母は一度深く頭を下げ、白い風にほどけた。

 塔の根元の穴から朝の色があふれ出す。

 四段目の空気はまだ硬く、踏めば確かにそこにある。


「行こう。今日は引き返す。扉に行くのは次の暁だ」


「分かりました」


 結は布の結びをスカーフに繋ぎ、胸に戻した。

 空白の書の白紙のページ──ひよりの持つ特別な一枚は、軽くなっていた。

 今は持てる。

 全員でなら、尚更。


 鳥の声が遅れて降りてくる。

 西の稜線の上、薄い光が新しい一日の輪郭を描いた。


 次回予告


 第126話『開くのは言葉』


 黄昏は閉じ、暁だけが開く

合図と結びを胸に、言葉でしか入れない部屋へ


 最後まで読んでいただきありがとうございます!

評価(★★★★★)やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

続きの執筆の原動力になります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ