第124話『関門言語』
朝の風が冷たくて気持ちいい。
ひよりの白いページには、薄く文字が浮かんでいる。
西/暁/全員/四段目
「これが、次に行く為の合図……」
そう言っている間に、文字の端に黒い針のようなものがじわじわ生えてきた。
針は細いけど、固くて鋭い。
狙っているのは「全員」の二文字だ。
「にゃう(あれ、駅のルールの針だ)」
愛菜が小声で訳す。
「針が“全員”を“誰か一人”に変えたいんだって」
針はじわじわと食い込み、文字を細くしようとする。
修は白い頁の前に立ち、低く息を吸った。
「まずは嘘を消す」
修の声が静かに落ちる。
「真語断ち・裏式《嘘暴き》。“全員”は“一人”じゃない。みんなで並ぶ形そのものだ」
言葉が触れた瞬間、針が一本、ぱきんと折れて砂になった。
風が少しだけ暖かくなる。
影の奥から、長い帽子の駅員が現れる。
顔は真っ黒な穴。
手には古い鋏。
開けば、言葉を紙みたいに切れそうだ。
「来たな」
「にゃう(鐘のリズムを止めろ)」
愛菜の訳に合わせ、ひよりが書で先読みする、全員で唇だけで拍を刻む。
カン、カン、カン──踏切の鐘のリズムを崩していく。
見えない踏切が一瞬止まり、駅員の鋏の動きが半歩遅れる。
「今度は声を集める」
修は胸に手を当てた。
「真語断ち・弐式《叫返し》。帰りたかったお前らの“最後の声”、ここに重ねろ」
白い頁の余白に、うっすら線が増えていく。
手をつないだ親子の笑い声、名前を呼ぶ恋人の息づかい、切符を分け合う夫婦のぬくもり。
言葉にならなかった“帰りたい”が、小さな線の束になって「全員」の重さを太くした。
駅員の鋏が振り下ろされる。
修はすぐに重ねる。
「真語断ち・壱式《魂打ち》。“全員”は一人じゃない。切る刃じゃ届かない」
鋏の先が鈍り、黒い切込みが途中で止まる。
残っているのは、最後の一本の針だけ。
「最後は、私が」
結が一歩出る。
力は無い。
けれど、“読む”事なら出来る。
「“全員で帰る”。私はそう読みます。その読みは、あなたの針じゃ壊せません」
ことん、と音もなく、最後の針が消えた。
書に書かれた「全員」は、はっきりと濃くなって、もう揺れない。
駅員は鋏を一度空で閉じ、影の中へ引いていく。靴音はない。
ただ、黒い粉だけが風に混じって、どこにも落ちずに消えた。
静かさが戻る。
ひよりが書をそっと撫でる。
「……針は全部、無くなりました。“西/暁/全員/四段目”のままで通れます」
「にゃう(よし。暁は短い。準備して、一気に行くにゃ)」
愛菜がうなずく。
「四段目は“まだない段”。作るのは、ボクらの声だよ」
浜野先生が塔を見上げる。
「この場所は形じゃなく気持ちが大事だ。全員で一緒に行け」
修は結の方を向き、短く笑った。
「行こう先輩!」
「……はい。今度こそ、お母さんを助けます!」
白い頁の端に、小さく一行だけ浮かぶ。
──見えない階段は、声で作る。
全員が、その一行を黙って同じ意味で読んだ。
“全員で帰る!!”
次回予告
第125話『母の選択』
暁の四段目──声で作る段を上がった先で、母が語る“鍵”と、代わりに閉じる扉。
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