表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜  作者: 兎深みどり
第五章:そうだ、きさらぎ駅に行こう!編
120/140

第120話『終着の扉』

 車輪が闇の中を切り裂いていく。


 窓の外は相変わらずの濁った黒だが、時折遠くで赤い光が瞬き、まるで心臓の拍動のように明滅した。


「……速度が落ちた」


 修の呟きと同時に、電車は長い息を吐くように減速し、やがて完全に止まった。


 ドアが左右に開く。

 外には、短いホームと、石の鳥居のような枠がぽつんと立っている。

 枠の奥は完全な暗闇だが、天面にだけ古い標札が掛かっていた。


 ──終着駅。


「終点、か」


「にゃう(扉の向こうが“外”だにゃ)」


 ノクスの声は低い。

 愛菜が喉を鳴らし、結は無意識にスカーフを握りしめる。


 ホームの端、影のような駅員が一人。

 顔はやはり黒い空洞で、手には古びた切符の箱。


「通行条件──切符六枚に加え、一つの残留」


 短く告げると、箱の中が勝手に開いた。

 黄ばみきった切符が六枚、規則正しく並んでいる。


「残留……つまり誰かが残るって事か」


 浜野先生が低く吐き、修は顎を固く結んだ。


「また同じルールかよ……どうしても一人は排除したいんだな……」


「やめてください」


 結が一歩前へ出る。


「誰も置いていけない。ここまで来て、置いていくなんて……出来ない」


 影の駅員は無言で鳥居を指した。

 標札の裏側に、黒い文字が滲み、ゆっくりと読める形を取る。


 ──残響一つ、残せば良い。


「残響……?」


 愛菜が眉をひそめる。


「にゃう(“人”じゃなくてもいい、かもしれない)」


 ノクスの紅色の瞳が細くなる。修は駅員を射抜くように見た。


「残響で足りるなら、条件は“ここに留まる気配”だ」


「それ、どうやって?」


 ひよりが小首を傾げる。修はポケットから護符を一枚抜いたが、すぐに引っ込めた。

 言葉が先だ、と心眼が告げていた。


 ホームの空気が微かに震える。

 どこからともなく、あの囁きが蘇る。


 ──置いていけば、帰れる。


 何百、何千の声が重なり、耳の内側に黒い墨のように染みてくる。


「……こいつらの“残響”で、扉を満たせないか」


 修の呟きに、ひよりが瞬きをした。


「“届かなかった声”を集めれば、一つ分の重さになる」


「それ、どうやって集めるの?」


 愛菜が目を丸くする。修は静かに目を閉じた。

心眼の奥、黒い鳥居に絡む

 囁きが、連結していく。


 ひよりがそっと両手を差し出す。

 掌の上に、色のない小さな頁がふわりと浮かび、筆圧のない文字が次々と浮かび上がる。


 それは“空白の書”の、ほんの欠片。

 誰の目にもただの白紙のように見えるが、声は確かに染みていた。


「にゃう(やるなら今だ)」


 ノクスが闇の爪で、崩れかけたホームの天井から落ちる黒い煤を払い落とす。


 浜野先生は鳥居の柱に手を置き、その質量分布を確かめるように目を細めた。


「崩壊が近い。長くは持たねぇ」


「……先輩」


 修が振り向く。言葉少なに、しかしはっきりと。


「“帰ろう”って、言ってくれ。ここで俺が迷ったら、終わるから」


 結は息を吸い、頷いた。


「帰ろう、みんなで。だから、しっかりして」


 その一言は、どんな術よりも真っ直ぐだった。

 修は笑い、再び闇へ向く。


「借りるぞ。俺の言葉に、乗ってくれ」


 叫返しが深く潜る。


 届かなかった声が、修の胸腔で形を持ち、ひよりの白い頁に吸い込まれていく。

 愛菜が頁の端を押さえ、震えを鎮める。


「大丈夫、怖くないよ。……ね、ノクス」


「にゃう(怖がる暇があったら、息を合わせろ)」


 最後の一声が収まった時、白い頁は薄い光を帯びていた。


 修はそれを駅員の持つ箱に置く。

 切符六枚と、一つの残響。


 影の駅員は無言で頷き、鳥居の標札がカチリと音を立てて裏返る。


 ──帰還口。


 鳥居の奥の闇が、静かに“光”に変わる。

 だが、その刹那。

 ホームの端で、赤い靄が渦を巻いた。


 靄の中から、あの声がした。


「結……」


 母の声。

 次の瞬間、靄から手が伸び、結の手首を掴む。

 冷たい。

 痛いほどに。


「お母さん!」


 結の目に涙が滲む。

 だが、その指は“温度”だけを持ち、形が崩れている。


 修が踏み込み、指先に言葉を撃つ。


「置いていくのは、俺達じゃない。置いていくのは“残るべき声”だ」


 言葉が触れた瞬間、手はほどけ、赤い靄は鳥居の外へ押し流された。

 靄の奥で、確かに母の横顔が笑った気がした。


「……届いてる」


 ひよりが小さく囁く。


「急げ!」


 浜野先生が先に鳥居をくぐる。

 続いて愛菜とノクス。

 ひよりが軽く会釈してから一歩を踏み出し、修が最後に結の背を押した。


「大丈夫だ。もう誰も置いていかない」


「……はい」


 鳥居の内側は、白い風の通路だった。

 足音が遠ざかり、背後で駅の音が薄れていく。


 ふと、修の視界がわずかに揺れた。

 零式《虚空》の残滓が、まだ胸の奥に棘のように残っている。


「雨城君……」


 結の声。彼女が心配そうに目を覗き込んでいた。


「ちょっと、心が乾いてるだけだよ」


 冗談めかして言い、修は前を向く。


 光が近づく。

 鳥居の出口の向こうに、見慣れた駅の構内がぼんやりと現れ始めた。

 改札、売店、蛍光灯の青白い光。


 現実だ。帰れる。


 その時、風が一度だけ逆流した。

 背後の闇から、遠い声が追いかけてくる。


「私は、戻れない──今は」


 結の母の、最後の囁き。


 光の縁で、結は立ち止まりかけた。

 修が隣に並び、そっと肩を押す。


「今は、ね。すぐに迎えに行きます」


 結は涙を拭き、頷いた。


「……はい。必ず」


 六人は光の中へ歩み出る。

 背後で“終着の扉”が静かに閉まり、きさらぎ駅の気配は、夏の夜の夢のように、音もなく消えていった。

 次回予告


 第121話『駅の外で』


 帰還。だが置かれた“残響”は何を揺り起こすのか。

現実に滲む異界の影、そして新たに届く、もう一つの呼び声。


 最後まで読んでいただきありがとうございます!

評価(★★★★★)やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

続きの執筆の原動力になります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ