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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜  作者: 兎深みどり
第五章:そうだ、きさらぎ駅に行こう!編
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第119話『境界を越えて』

 駅の入り口は、まるで朽ち果てた廃駅舎のようだった。


 錆びた看板に、かすれた文字が浮かび上がる。


 ──きさらぎ駅。


 正面のガラス戸は割れ、枠だけが辛うじて形を保っている。


 その向こうには薄暗いホームが広がり、線路はどこまでも闇の中へと続いていた。


 しかし、空気は不自然なほど静かで、鳥も虫も音を立てない。


 結が息を呑んだ。


「……ここが……」


 修は慎重に足を踏み入れる前に、境界の地面へ護符を一枚置いた。


「これを越えたら、もう普通の道じゃ戻れない」


 浜野先生が肩をすくめる。


「今さら怖気づく奴はいねぇだろ」



 全員が一列になり、境界を越えた。

 その瞬間、背後の廃村と山道が霧の中に溶けて消えた。


 振り返っても、もう何も見えない。


「……にゃあ(閉じられたな)」


 ノクスの声に、ひよりが小さく同意する。


「確かに、今の所、この世界から抜け出すのは無理そうですね」


「戻れない。少なくとも、こっちの条件を満たすまではな」


 修が言った。



 ホームを進むと、古びたベンチに、誰かの影が座っているのが見えた。

 結は思わず駆け寄る。


「お母さんっ……!」


 しかし、そこに座っていたのは、髪の長い見知らぬ女だった。

 顔の半分が影に沈み、口元だけが見える。


「……貴方達、乗るの?」


 女の声は、金属の擦れるような響きを持っていた。


「乗る?」


 愛菜が眉をひそめる。


「次の電車は、帰りの道か、永遠の片道か……でも、一つだけ。降りる為には、誰かがここに残らないといけないの」


 その言葉に、皆の背筋が凍る。


「……あの切符と同じだね」


 ひよりの声が震える。


「くだらない……」


 修が短く答える。


 女は笑みを浮かべ、立ち上がると霧の中に溶けた。



 沈黙の中、ホームの奥から不気味な風が吹いた。

 風に乗って、結の耳にあの声が届く。


「……こっちよ……結……」


 間違いなく、結の母の声だった。


「行かないと!」


 結が駆け出そうとするのを、修が止める。


「待て、あれは本物かどうか分からない」


「でも、もし本物だったら……!」


「だからこそ慎重になれ。罠に落ちたら全員終わりだ」


 結は唇を噛みしめた。


 その表情を見て、浜野先生が前に出る。


「じゃあこうしよう。俺と修で声の方を探る。残りは駅の構造を調べろ」



 調査を始めると、この駅が普通の構造ではない事がすぐに分かった。


 ホームの端に向かうと、同じ場所に逆側から戻ってくる。


 階段を降りても、同じホームに戻される。


 ループ構造。

 物理法則が成り立っていない。


「これ……迷宮じゃん」


 愛菜が顔をしかめる。


「精神を削るタイプのやつだにゃ」


 ノクスが低く唸った。


 そこへ、霧の中から再び声が響く。

 今度は、皆がはっきりと聞こえた。


「ひとり……ここに残って……」



 霧の奥から、古い電車が姿を現した。

 外装はひび割れ、窓は曇り、車体の番号は黒く塗り潰されている。


 それでも、車内には淡い灯りが漏れ、誰かの気配があった。


「……乗るのか?」


 浜野先生が問う。


「このままじゃ進めない。けど、残る人間を決めなきゃ……」


 修が唇を噛む。


 皆の視線が交錯する。

 誰も言わないが、それぞれが覚悟を探っていた。


 結は胸にスカーフを握り、震える声で言った。


「……お母さんを助けるまでは、誰も……誰も置いていかない」



 その瞬間、電車のライトが強く光り、霧を切り裂いた。


 ホームに影が伸び、その奥に……確かに結の母の姿があった。


 目が合った気がした。


 しかし、彼女は何も言わず、車両の奥へと消えていった。


「追うぞ!」


 修の声と同時に、皆が駆け出した。


 そして全員が車両へ飛び乗った瞬間、扉が自動的に閉まり、電車はゆっくりと動き出す。



 車内は不気味なほど静かだった。


 座席には誰もいないはずなのに、時折、背後から視線を感じる。


「……この電車、どこに向かってるの?」


 ひよりが小声で呟く。


 修は答えず、前方を見据えたまま、ポケットの護符を握りしめた。


 ──誰かが、残らなければ帰れない。

 その条件は、車両の中でも確かに生きているはずだった。


 次回予告


 第120話『終着の扉』

 

 行き先不明の電車が止まる先は、出口か、それとも……。

そして犠牲者の名が、静かに決まる。


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