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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜  作者: 兎深みどり
第五章:そうだ、きさらぎ駅に行こう!編
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第118話『風に誘われて』

 夜が明けた。


 廃村跡の小屋は、朝露に濡れた匂いで満ちていた。

 焚き火はすでに消え、白い煙だけが細く空に昇っていく。


 結はほとんど眠れなかった。

 瞼を閉じれば、あの声が耳の奥で何度も反響する──


 “来ないで”と“助けて”の、どちらとも取れる、揺らいだ声。


 修が外から戻ってきた。

 額には薄く汗が浮かんでいる。


「足跡があった。夜の内に……誰かが近くまで来てた」


 浜野先生が眉を寄せる。


「人間か?」


「……分からない。ただ、駅の方角だ」


 愛菜が顔を上げた。


「じゃあ、行くしかないよね?」


 結は強く頷いた。


「お母さんが……あの声が、本当なら……」


「先輩、罠かもしれないって話、忘れないで」


 修が低く釘を刺す。

 それでも彼の声に迷いはなかった。

 向かう覚悟は、全員の中で固まりつつあった。



 朝霧の中、一行は歩き出した。

 ノクスが先頭に立ち、鼻先を風に向ける。


「にゃう……(匂いが薄い。向こうは“人”じゃねぇ)」


「……じゃあ何?」


 ひよりが不安げに問いかける。


「恐らく、霊的な残滓だ」


 修が答えた。


「でも、完全に消えてない。まだ繋がってる」


 道はやがて、線路沿いに続く細い山道へと変わった。


 所々、枕木が腐り落ち、錆びたレールが草に飲まれている。


 しかし、そこを吹き抜ける風だけは、不思議と澄んでいた。


 その風に混じって、また声が聞こえる。


「……こっち……」


 結が振り返り、皆の顔を見る。


 愛菜がうなずいた。


「やっぱり、聞こえるよね」



 やがて、開けた場所に出た。

 そこには、異様な光景が広がっていた。


 地面に、円形の枠組みが半分だけ埋まっている。

 まるで古い噴水の跡のようだが、中央は黒い穴になっており、底が見えない。


 穴の周囲には、白い布切れのようなものが風に揺れていた。


「……あれ」


 ひよりが指差す。


 白布の一枚に、小さな花柄の模様があった。


 結の声が震える。


「お母さんの……スカーフ……」


 近づこうとした瞬間、ノクスが牙を剥いた。


「にゃうっ!(待て!)」


 同時に、穴の奥から低いうねりのような音が響いた。


 それは声というより、深い地鳴りに近い。


 浜野先生が結の肩を掴む。


「引け。これは、呼んでるんじゃねぇ……引きずり込もうとしてる」


 修も穴を睨みつけた。


「“あれ”の正体はまだ見えない。でも……ここはきさらぎ駅の外縁だ。境界線のすぐそば」



 突然、風が強く吹いた。

 白布が一斉にはためき、黒い穴の中から何かが這い出そうとする。


 それは人の形をしていたが、輪郭は霧のように崩れ、顔の部分だけが異様に鮮明だった。


 ──結の母の顔。


「お母さんっ!」


 結が叫ぶ。


 だが、その顔はすぐに歪み、血のように赤い笑みを浮かべた。


「……来てくれたのね……」


 声は甘く、それでいて底知れない寒気を伴っていた。


 修が前に出る。


「結、下がれ!」


 彼の言葉に結は躊躇いながらも後ずさる。


 その隙に、霧の人影は穴から半身を出し、こちらへと腕を伸ばしてきた。


 ノクスが飛びかかり、その腕を爪で裂く。

 裂け目から黒い霧が溢れ出し、地面を這うように広がった。


「にゃう!(こいつ、本物じゃねぇ!)」


 浜野先生が低く呟く。


「……影の分身か」


 修は頷き、腰の護符袋から一枚の札を取り出す。


「こいつを追い払って、先に進むぞ」



 札が燃え、光が霧を押し返す。

 人影は悲鳴を上げ、穴の奥へと引きずり戻された。


 風が止み、再び静寂が訪れる。


「……あれは何だったの?」


 ひよりが呆然と呟く。


「境界の番人だろう。侵入者を試してくる……ただ、俺達を歓迎してはいない」


 修が短く答えた。


 結はスカーフを拾い上げ、胸に抱きしめた。


「必ず……お母さんを見つける」


 その瞳には、迷いも恐れもなかった。


 愛菜が微笑んだ。


「じゃあ行こう。次は……駅の中だね」


 誰も口にはしなかったが、全員が感じていた。


 ──あの声の先に、もっと深い闇が待っている事を。


 次回予告


 第119話『境界を越えて』


 再び足を踏み入れる、きさらぎ駅の内部。

そこは時間も空間も歪んだ、出口なき迷宮だった──。


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