第116話『零式・虚空』
轟音がきさらぎ駅を貫いた。
零式《虚空》の真言が放たれた瞬間、黒い鎖は一斉に弾け飛び、駅舎全体が軋むように揺れる。
壁に走るヒビからは、闇と光が入り混じった霧が吹き出し、空間そのものが崩れていくのが分かった。
「しゅーくん!」
愛菜が駆け寄る。
修は片膝をつき、肩で荒く息をしていた。
額からは汗が滲み、目の焦点はまだ戻っていない。
「……大丈夫だ……ちょっと、持ってかれただけだ」
声は震えていたが、立ち上がろうとする意思は強い。
「にゃう(ヤバいにゃ、空間が閉じ始めてる)」
ノクスが爪で、崩れ落ちる天井を弾き飛ばす。
「出口まで全力で走るぞ!」
浜野先生が叫ぶ。
だが、駅舎の奥から再び影が這い出し、通路を塞ごうとする。
「まだ残ってやがるのか……!」
修が歯を食いしばる。
「しゅーくんの技で消えたのは“核”だけ、周りはまだ動いてるみたいだよ!」
愛菜が叫び、護符を投げつけた。
白光が影を焼き、道が一瞬だけ開ける。
「黒咲!」
浜野先生が振り返る。
結はその場で必死に修の腕を支えながらも、はっきりと頷いた。
「行きましょう! お母さんも、きっと外で待ってる!」
その声に、修はわずかに笑みを浮かべる。
「……ああ、行くぞ!」
走り出す一行。
足元では線路がひび割れ、赤い光の裂け目が現れては閉じていく。
天井の梁が落ち、粉塵が視界を曇らせた。
「しゅーくん!」
愛菜が前方を指差す。
ノクスが闇のエネルギーを帯びた爪を放つ。
視界がクリアになった。
その隙に浜野先生が先頭で進路を確保した。
「雨城、無理するな!」
浜野先生が振り返る。
「……大丈夫、あと少しで」
修は息を切らしながらも前を向く。
その眼には、崩壊の中でなお生き残ろうとする強い光が宿っていた。
改札が見えた。
だがその直前、再び足元から無数の手が伸び、一行の足を掴む。
「にゃああ!(しつこいんだよコラ!)」
ノクスが爪で一掃するも、進む度に絡みつく影が増えていく。
「出口が……閉まりかけてる!」
愛菜が叫ぶ。
改札の扉はゆっくりと闇に飲まれつつあった。
「全員──飛び込め!」
浜野先生の声と同時に、全員が最後の力で駆け出す。
修は結に肩を借りながら、愛菜とひよりは先に出る。
最後尾を走るノクスが闇の爪で、迫る影を押し戻した。
視界が光に包まれる。
次の瞬間、全員は駅前の広場に転がり出ていた。
そこに、結の母の姿はなかった。
「……お母さん……」
結が小さく呟く。
修は息を整えながら、その肩に手を置いた。
「……きっと、まだどこかにいる。諦めねぇ……諦めねぇから……先輩も諦めちゃダメだ」
結は涙をこらえ、力強く頷いた。
背後を振り返ると、きさらぎ駅は音もなく霧の中に消えていった。
次回予告
第117話『失われた人影』
脱出は成功。しかし結の母の行方は依然不明──次なる手がかりは、駅から持ち帰った小さな遺留品だった。
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