第115話『全員で帰るために』
赤い光が旧駅舎の奥から脈打つように漏れ、木造の壁や床が不気味にきしんだ。
改札の奥に見える黒い鎖は、先ほどよりも太く、脈動しながら締め付けている。
そこからは無数の囁きがあふれ、「一人を残せ」という言葉が波のように押し寄せてきた。
「……気持ち悪い声だ」
修が顔をしかめる。
「にゃう(これがこの駅の“核”だ)」
ノクスが低く唸る。
「だったら、これを切れば……」
愛菜が言いかけた時、床下から再び無数の手が飛び出した。
「来るぞ!」
浜野先生が叫び、足元の手を踏みつけて蹴り飛ばす。
「結、下がれ!」
修が背後に回り、結を押しやった。
「でも……お母さんが……」
「先輩まで危険な場所に立つ必要はない……先輩のお母さんだってそう思っています!」
結は唇を噛み、震える声で言った。
「……絶対、皆で帰りたい……お願い、雨城君……」
今までで一番悲しげな表情、そして、一粒の涙が落ちる。
その視線に、修は短く頷く。
ノクスが闇を纏った爪で敵を薙ぎ払う。
「にゃあ!(お前らは俺の獲物にゃ!)」
爪が床板を裂き、吹き飛ばされた手が霧の中に溶けて消える。
愛菜は結の前に立ち、護符を構えて敵を牽制する。
「しゅーくん、奥まで見える?」
「ああ……」
修は視線を細めた。
心眼に映る鎖は、今まで以上に強固で、表面にはびっしりと無数の影が貼りついていた。
それぞれが人の形をしており、口を開けて同じ言葉を繰り返している。
──一人を残せ。一人を残せ。一人を残せ。
「……こいつらまとめて黙らせないとダメか」
修が低く呟く。
「にゃう(芯があるぞ)」
ノクスが指差すように顎をしゃくる。
改札奥、鎖の奥底に黒く濁った球体──この駅全体の意志が凝縮されたような塊が見える。
「……あれを断てば終わる」
しかし、その球体は厚い鎖に覆われ、壱式や弐式では届かないことが直感でわかった。
浜野先生が短く息を吐く。
「……どうやってやるつもりだ?」
修は小さく笑みを浮かべた。
「一つ……使いたくなかった技があります」
「技?」
愛菜が首を傾げる。
「真語断ち・奥義零式──《虚空》。こいつはどんな霊でも一瞬で消し殺す。けど……使えば俺の心も削られる……」
その言葉に場の空気が張り詰めた。
思い出すあの修行後のばあちゃんの言葉。
◆
「修、真語断ちには実は4つ目の秘儀がある……だが、ここまでやれたお前になら、使えるかも知れん……これは、どんな悪霊も消し殺す……その代わり、自身の精神を削る奥義……使い所はないに限るが、使う時は……分かるな?」
◆
「そんな危ないの……」
ひよりが息を呑む。
「やるしかねぇだろ。このままじゃ全員出られねぇ」
「修君……」
結の声が届く。
振り向くと、結は必死に涙をこらえながら言った。
「私……力はないけど、ここで帰りを待っています。だから、絶対に戻ってきてください」
修はその瞳を見返し、短く「任せて」と答えた。
その瞬間、改札奥の黒い球体が脈打ち、床下の手が一斉にこちらへ伸びた。
「来るぞ!」
浜野先生が叫び、ノクスが爪で前方を覆う。
愛菜が素早く護符を投げ、白い光が手の群れを弾き飛ばす。
「ひより!」
修が声をかける。
ひよりは頷き、空白の書を見る。
「10時の方向から本体が来るよ!」
「にゃおー!(しゅー!今だ!)」
ノクスの叫び。
修は一歩前に出て、深く息を吸った。
「(ばあちゃん……分かってる、それは皆を守る時、だよな!!)」
心を決め、放つべき敵を睨む。
「真語断ち──奥義零式《虚空》」
その声が旧駅舎全体に響いた瞬間、囁きが止まり、影も手も凍り付くように動きを止めた。
「……お前らの決まりごとなんざ──ここで終わりだ」
言葉が放たれた瞬間、黒い鎖が一斉に弾け、球体が音もなく砕け散った。
赤い光が爆発的に広がり、旧駅舎全体が激しく揺れる。
「にゃう!(退け! 崩れる!)」
ノクスの叫びが響いた。
次回予告
第116話『零式・虚空』
全てを消し飛ばす奥義の代償──崩壊する駅の中、全員で帰る道を探す最後の戦いが始まる。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
評価(★★★★★)やブックマークで応援していただけると嬉しいです。
続きの執筆の原動力になります!