第114話『旧駅舎の叫び』
赤い靄がふっと薄れ、視界が戻った。
修達の目の前にあったのは、古びた木造の建物──旧駅舎だった。
瓦屋根は崩れかけ、窓は半分以上が割れている。
壁には古いポスターが貼られているが、色は褪せ、文字は判読できない。
入り口の上には、かすれて読めない駅名板。
その木材は湿気を帯び、腐りかけていた。
「……いつの時代の駅なんだろう」
愛菜が息を呑む。
「にゃう(たぶん、この駅が“きさらぎ”と呼ばれる前の姿だ)」
ノクスが低く答える。
愛菜が訳す。
「……“きさらぎ”になる前の駅だって」
浜野先生は周囲を見回しながら、低く呟いた。
「いやに静かだな……」
中に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
外の冷気とは違う、じっとりと肌にまとわりつく熱気。
そして、鼻をつく鉄錆の匂い。
古びた床板がギシリと鳴るたび、天井の梁から埃が降りてきた。
広間の中央に、丸い木製の改札口がぽつんと置かれている。
その上には、六枚の古い切符が並んでいた。
そしてその奥──闇の中に駅員が立っていた。
今は正面を向いているが、その目は真っ黒で底が見えない。
「ここで、決めてもらいます」
駅員の声が、旧駅舎の壁に反響した。
「誰を残すのか……」
その言葉と同時に、床下から不気味な音がした。
ガリ……ガリ……と木を削るような音。
そして──
バンッ!と床板が割れ、無数の白い腕が飛び出してきた。
皮膚は薄く、骨ばっているのに力強く、すぐ近くの柱に深く爪を立てた。
「うわっ……!」
愛菜が飛び退く。
「にゃう(あれ、やばい奴らだ)」
ノクスが前に出て、背を低く構える。
手はまるで生き物のように這い回り、足首や裾を掴もうと伸びてくる。
「ここで決めなければ、全員……」
駅員の声が冷ややかに続く。
「残る事になります……永遠に……」
結が震える声で口を開いた。
「……私が」
「やめてください」
修が遮る。
「でも……お母さんは……」
「気持ちは分かります!!だけど!その“でも”の先に、犠牲を出してまで得るもんがありますか?」
修の声は鋭く、しかし真っ直ぐだった。
「……」
結は唇を噛み、目を伏せた。
床下の手が勢いを増し、愛菜の足首に掴みかかる。
「ひゃっ……!」
「離せ!」
修が蹴り飛ばすが、手は再び伸びてくる。
ノクスが爪を伸ばし、一閃で手を断ち切った。
断たれた手は闇の中に吸い込まれて消えた。
「にゃう(……これ、破れるかもしれない)」
ノクスが小声で言う。
愛菜が素早く訳す。
「……破れるかもしれないって」
「破れる?」
浜野先生が振り返る。
「にゃう(この手は駅員の“支配”で動いてる。奴の繋ぎ目を切れば、犠牲の条件ごと崩れる)」
「……繋ぎ目、か」
修が駅員を睨む。
ひよりが静かに前に出る。
「……この旧駅舎そのものが“結界”になってる。改札が中心。そこを壊せば、犠牲の儀式は成立しない」
「壊すって……どうやって?」
愛菜が尋ねる。
「真語断ち。ここを縛っている“言葉”を断つ!」
駅員が口角をわずかに上げた。
「……なるほど。だが……雨城、やれるのか?」
「やってみなきゃ分かりません」
修が一歩踏み出す。
床下から這い上がる手が、修の足元に群がる。
浜野先生がその前に立ちはだかり、蹴り飛ばした。
「行け!時間はねぇ!」
「にゃあ!(急げ!)」
ノクスが援護に回る。
改札の前に立った修は、心眼を開いた。
見えたのは、古びた木枠の奥に絡みつく黒い鎖。
その鎖は無数の囁きでできており、“一人を残せ”という言葉が何百回も重なっていた。
「……くだらねぇルールだ」
修の瞳が鋭く光る。
「真語断ち──壱式《魂打ち》!」
放たれた言葉が鎖を打ち抜き、黒い囁きが一瞬だけ途切れる。
改札口がわずかに揺れ、床下の手が一斉に引き下がった。
「効いた……!」
愛菜が息を呑む。
「にゃう(だが、まだ完全じゃねぇ)」
ノクスが警戒を解かない。
駅員が低く笑った。
「面白い……なら、終わりまでやってみろ」
その声と同時に、旧駅舎の奥から強烈な赤い光が吹き出した。
ひよりが振り返る。
「……次で決めないと、全員ここに残る事になる」
修は深く息を吸い込み、改札の奥に残った最後の鎖を見据えた。
次回予告
第115話『全員で帰るために』
崩れ始めた儀式の。
最後の鎖を断ち切るため、全員がそれぞれの力を振るう。
犠牲条件を破り、全員で帰れるのか──。
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